30代単身のKさんが購入したのは、立地とバルコニーからの眺めが気に入った、築50年超えのマンション。
大学時代に建築を専攻していたKさんは、自宅リノベーションの基本設計を自ら担当。詳細設計と施工は、「施主参加型」の家づくりを提案するHandiHouse projectのメンバーである、Tough and Roughの佐伯太市さんに依頼しました。
Kさんと佐伯さんは、大学の研究室で先輩後輩の間柄。気心の知れた関係性の中、家づくりに臨みました。
すると、購入後の現地調査で、天井の一部にアスベストが使われていることが発覚。
アスベストは、かつて断熱材などに使われていた建材のひとつ。健康被害のリスクから現在は法令で使用が禁止されており、法令施行前に建てられた古い建物で見つかった場合は、専門の資格を持つ業者による処理が必要になります。
古い給排水管の交換に加え、想定外の費用も発生し、限られた予算はさらに厳しいものに。結果、コンクリート躯体を現しのままにする箇所が増えてしまいました。
しかし、この家の空間づくりの面白いところは、そうした「仕上げなかった」箇所も、“内装を構成する素材”として扱っていること。
キッチンや洗面、家具や照明など、暮らしに必須な要素を選ぶ際、色や質感を一つひとつ丁寧に見繕い、躯体現しや既存の痕跡を含めて、コラージュするように内装を編集していきました。
その考え方がよく現れているのが、玄関。床を見ると、タイル床が途中で途切れています。
以前の廊下の床を剥がした部分はコンクリートのまま、一方で、もともとの土間部分に貼られていたタイルはそのまま残しました。さらに、躯体現しの壁や梁の間に新しい仕上げを差し込み、異なる時代や状態の素材が共存する空間にしています。
その景色は、どこかインスタレーションを思わせます。
彫刻的な形の把手の向きが縦と横になっていたり、合板の小口がカラフルだったり、ブラケットライトが2つ並んでいたり。
どこか「ん?」と目を留める要素があることで、躯体現しやはつったままのタイル床も、意図を持って配置された要素に見えてくる不思議。
ブルーにした廊下の床に合わせて、トイレのドアにもブルーのドアノブを取り付けました。色だけでなく、「丸み」でもリンクさせているところに遊び心を感じます。
「丸み」は、躯体現しやタイル床のはつり跡の、ラフで硬質な表情をやわらげる役割も果たしています。
そんな玄関の正面には、幅が70cmほどで奥行きが約2mある、細長い納戸を設けました。
寝室と納戸の間仕切り壁は、納戸側は下地のまま。とはいえ、下地が見えているこの状態の方が、棚板を足したりフックをつけたり、使い勝手に合わせて後から手を加えやすくて便利そうです。
廊下のシナ合板壁の向こうには、寝室とクローゼットが潜んでいます。
シナ合板の壁は、板同士の間に数ミリの隙間を設ける「目透かし貼り」で仕上げました。寝室へ続くドアには建具枠を付けず、側面付けの隠し丁番を採用。レバーハンドルもスリムで目立たないものを選び、「ドア」の存在を隠して「壁面」が続いているような印象に仕上げました。
そうやって「壁面」としての印象を強めたのは、この壁にアートを飾って、ギャラリーのように空間を使いたい意図があったから。
ただ「通る」だけでなく「観る」ことを楽しめるよう、廊下の幅は100cmにしてゆとりを持たせています。
天井に仕込んだ間接照明にライトアップされた洗面台も、どこか「展示」のような雰囲気があります。
有機的なフォルムの白い洗面器、光の筋を浮かび上がらせるリブ入りタイル、鉄、真鍮、木、直線と曲線。色も質感もさまざまな素材を組み合わせながらも、不思議とちぐはぐに見えません。
小口を見せず、薄く白い膜が張ったように仕上げた天板も、不思議な浮遊感をつくっています。
トイレと脱衣所も、まるで小さなギャラリー。
トイレは、コンクリート躯体壁を白く仕上げた壁天井でフレーミング。ボンド跡の残る躯体壁も、飾られているように見えてきます。
一方、脱衣所は、鮮やかな植物柄の壁紙をセレクト。柄壁紙はライン照明を仕込んだ梁際まで貼り上げ、光に照らされてその色彩が一層映えます。
全面コンクリート躯体現し天井にしたリビングは、床に天然素材生まれのリノリウムを採用。グレーベージュのリノリウム床とシナの木の壁によって、躯体現しの荒々しさを楽しみながらも、ラフに寄りすぎない居心地の良さも両立させています。
シナ合板の“箱”のような壁の向こうはプライベートゾーン。中へは、廊下にあるドアからアクセスができますが、実はリビング側にも仕掛けが。
ぱっと見は、ただの壁に見えますが……
壁の一部がドアになっていて、開くと寝室への入り口になっていました。
廊下側のドアは壁面に馴染ませることで存在感を抑えていましたが、こちらはさらに徹底的。自動でゆっくり閉まるドアクローザーを採用することで、ドアハンドルも把手もなくし、その存在をすっかり隠しています。
ダイニングキッチン側は、ボンド跡が目立つ躯体壁をそのまま見せました。
そんな躯体壁を背にしたキッチンは、オリジナルで造作。天板面から側面までモールテックスでシームレスに仕上げました。
手前に迫り出したカウンター部分の小口を厚く取り、下部を斜めに造作した、マッシブなデザインのキッチン。ひとつの塊のような存在感をつくり出しています。
家具や設備というよりも、躯体現しの壁や天井と並ぶ「建築の一部」のような佇まいです。
キッチンの上のペンダントライトはステンレス板で作ったオリジナル。ソリッドな素材感でキッチン空間と呼応させながら、シャープなラインが軽やかさも生んでいます。
コンロ側の壁には、グレーの艶ありボーダータイルを設え、マットな表情のモールテックスと変化を付けました。
収納棚は背板のないものを使い、食器や本、雑貨など、棚に置くものの変化で壁面の見え方も変わっていくことを楽しめるようにしています。
リノベーションでは、「解体してみてはじめてわかる」ことも少なくありません。この家のように、そこで想定外のコストが発生することもあるし、工事費も上昇傾向にある昨今、限られた予算の中で「何を選び、何を残すか」は、家づくりの大きなテーマになっています。
Kさんと佐伯さんは、躯体現しや既存の跡を単なる“妥協”として受け入れるのではなく、内装を構成する素材のひとつとして捉えました。その視点があったからこそ、躯体現しや既存の跡も、この住まいでは魅力の一部になっています。
限られた条件を前向きに楽しみながら、自分らしい空間をつくる。そんなリノベーションの面白さを教えてくれる住まいでした。
撮影:佐藤陽一
Tough and Rough 佐伯太市
2016年、中田製作所のメンバーとして建築家集団・HandiHouse projectに参加。2023年にTough and Roughを立ち上げ、「設計」と「大工」の両方を担いながら、住まい手と一緒にものづくりをしています。
HandiHouse project/ハンディハウスプロジェクト
合言葉は『妄想から打ち上げまで』。
家づくりが趣味になれば暮らしも豊かになる。
そんな思いのもと、設計・デザインから工事のすべてにおいて、施主も一緒に参加する空間づくりを提案している、建築家集団です。
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