設計事務所・OSTRを営む太田翔さんが、妻と5歳の息子と暮らすのは、築47年の古い団地の一住戸。住棟と住棟のあいだにはゆったりとした距離があり、豊かな植栽の合間に歩道や広場、小さな公園が点在しています。
自邸をリノベーションするにあたり太田さんがテーマにしたのは、そんな昔ながらの団地にある豊かな外部環境を、家の中まで引き込むこと。その環境を室内にも連続させるように、住まいの各所に団地の外構を思わせる要素を散りばめていきました。
そのテーマがまず表れているのが、玄関から広がる土間空間です。
床の仕上げに使ったのは、レンガを思わせる赤茶色の『クリンカータイル』。正面に見える下足入れの外側もタイル貼りで、外構に用いられるピンコロ石をモチーフにしたタイルで仕上げています。
側面だけでなく、上面までピンコロ石風タイルで仕上げたその佇まいは、まるで「タイルの塊」。
このアイデアのもとになったのは、団地内にある車止め。車の侵入を防ぐためのものですが、レンガ貼りの四角い台のような形をしていて、ちょっと腰掛けたり、子どもが登ったりすることもできるスケール感でした。
下足入れの上面を「カウンター」として使いやすい仕上げにすることもできましたが、そうしなかったのは、団地の外構に感じた“用途の曖昧さ”を表現するため。下足入れよりも上面の奥行きを深くしたのも、用途の余白をつくるためでした。
ここは、帰宅した際に手荷物を置く台になったり、立ったまま書き物をする台になったり、お気に入りの絵や雑貨を飾る場所になったり。
「どう使うかよくわからない」存在であるからこそ、「使い方を自由に考えられる」存在になっています。
タイルの塊の上に浮かぶ棚は、視界を遮らず、圧迫感を抑えるために半円状に。曲線は、団地の敷地内にある遊具や建築物を思わせる要素でもあります。
玄関土間は、ワークスペースとしても使えるよう、カウンターデスクも造作しました。
こちらは役割がはっきりしているアイテムですが、滑り台などの遊具にも使われる人造研ぎ出しで仕上げており、ここにも「団地の外」の気配を取り入れています。
実は壁面にも工夫があって、このざらりとした仕上げは、外壁の仕上げにも使われる塗り壁材。この団地の外壁仕上げに似た色と質感を選んで、外部空間と呼応させています。
『クリンカータイル』の土間床はさらに奥に続いており、窓辺がインナーテラスのような場所になっていました。
既存のサッシが古いため、寒さ対策として内窓を設置。通常は間仕切りとして使われる『木製ガラス引き戸』を内窓として使いました。無垢材の木枠に加え、赤茶色の土間床も、空間にあたたかみを添えています。
インナーテラスの突き当たりには、お子さんのスペースをつくりました。低く造作した机はベンチとして座ることもできる高さで、実際、お子さんがここに腰掛けて絵本を読んでいることもあるそう。
一段上がった隣は『燻蒸フローリング』を貼った寝室。枕棚に布団を上げれば、広々と使うことができます。
こちらは、ピンコロ石風タイルの塊とシルバー壁の裏側。半円状に飛び出した棚の裏側は、小物が置ける棚に。靴棚の裏側は、季節家電などをしまえる収納になっており、玄関土間側の“用途不明”な佇まいの裏で、収納としての機能もしっかり担っています。
壁や収納の仕上げに合わせて、『オーダーフラッシュドア』もラワンをセレクト。このドアは玄関土間につながっており、ぐるりと回遊できる間取りになっています。
玄関土間と寝室、LDKをつなぐホールは、一部の壁を斜めにして、出入りしやすい間口を確保。斜めにした壁は鏡貼りにしています。
鏡にタイルの床やカウンターが映り込むことで、空間が折れ曲がっているような、もうひとつ奥に続いているような、不思議な奥行きが生まれています。
ホールに面した黄色い引き戸の中は、洗面脱衣所。住戸の中央にあり、光が届きにくい場所でもあることから、明るいカラーを採用しました。黄色と水色は、息子さんのリクエストだったそう。
シンクは1つですが、上にはW680の『クロップドミラーキャビ』が2つ。『クロップドミラーキャビ』にはW850とW1180の展開もあり、収納量が欲しいなら大きなサイズ1つでも事足りそうですが、あえて2つにしたのは「妻用」と「夫・息子用」を分けるため。
洗面は、家族みんなのアイテムがごちゃ混ぜになりがちな場所。キャビネットごと分けて、それぞれが使うモノの管理をしやすくするというアイデアは、参考になります。
黄色の床はビニル床タイル。それを切って、巾木や開口部の枠の仕上げにも使っているのがユニークです。
「別の素材をわざわざ選ぶより、床仕上げをそのまま使えばいいのでは?」という思いつきを実行してみたのだとか。巾木まで黄色くすることで、黄色の引き戸との連続感も強調されています。
黄色の床は、ホールを挟んで洗濯機置き場やキッチンにも“飛び地”のように続いています。
素材をそのエリアだけで完結させず、家の中の各所に散りばめることで、空間同士をゆるやかにつなげる仕掛けです。
キッチンは、玄関土間のカウンターデスクと同じく、人造研ぎ出しで仕上げました。人の行き来が多い側にアールをつけた、台形型のカウンターになっています。
カウンターを支える太い金属の柱は、実は、薄い亜鉛鉄板を筒状に巻いたもの。内部には天板を支える脚と排水管が隠れています。メンテナンスが必要になったら、簡単に鉄板を外せます。重厚感のある研ぎ出しのカウンターに合わせて、柱も重厚に見えるように仕立てたのだそう。これは、言われなければわかりませんね。
シンク側カウンターの奥には、下部収納付きのコンロ付きキッチンを造作。コンロは、火力の強さと振り幅が特徴の『パワーガスクッカー』を選びました。
コンロ側のキッチン壁は『マットカラーのキッチンパネル』のグレー。隣の壁も、ラワン合板をグレーに塗装して、異なる素材に統一感をもたせました。
シンク側カウンターの上を見ると、造作収納のラインから、コンクリートの壁がちょっとだけはみ出しています。
これは、壊すことができない構造壁。最上階にあるこの住戸では、天井やそれと連動する垂れ壁に断熱材を貼る必要がありました。ただ、垂れ壁の下端まで覆うと圧迫感が出てしまうため、この部分だけ構造壁を露出させたのだそう。
「コンクリートもひとつの素材として内装に取り入れたかった」と太田さん。各所のグレーは、コンクリート素材に合わせて取り入れた色でもあります。
カウンターキッチンの端は、座って作業ができるデスクにしました。人造研ぎ出しでつくられたカウンターの段差は、団地内の遊具や児童公園を彷彿とさせます。
リビングダイニングにも、「タイルの塊」を造作。こちらは、グレーのピンコロ石風タイルを貼り上げました。
30センチほどの高さで造作した「タイルの塊」は、TV台になったり、ベンチになったり、お子さんが遊ぶ台になったり。マルチに使える存在です。
そして、中はしっかり収納になっていました。
とはいえ、太田さんがつくりたかったのは「タイルの塊」。把手や手掛けは付けたくない。そこで考えたのが、強力マグネットで閉じる扉。指を引っ掛けて引くと開けられるようになっています。
「だけどタイル貼りの扉は重たいし、お客様の家ではおすすめしません(笑)」(太田さん)
リビング側の窓は、古いサッシを『木製インナーサッシ』で覆い、二重窓にしました。枠にヒノキの無垢材を使った内窓は、フローリングや木の家具と並列する存在感を持ち、窓辺を“内”の存在にしています。
既存サッシのひとつは、引き違い窓とFIX窓の組み合わせでしたが、内窓もそれに合わせるとサッシ枠が多くなり、見た目がうるさくなってしまうため、内窓はFIX窓ごと覆うサイズでオーダーしました。
実際に取り付けてみると、既存サッシよりも木枠の内窓の印象が先に立ち、サッシ枠のズレはまったく気にならないそうです。
天井面の照明を最低限にしている太田邸。リビングは、壁にレセップを取り付け、間接照明のように壁面を照らす『ハーフマット電球』を使って、やわらかな光を添えています。
リビングは、無垢の『ソリッドオークフローリング』と、『ウールカーペット』のベージュを貼り分けて、居場所に変化を付けました。
無垢の床の上で足を伸ばしたり、ふわふわのカーペットにごろりと寝転んだり。日当たりの良い窓辺を存分に堪能できる、素材のセレクトです。
カーペットゾーンには、すのこと絞り丸太のベンチを造作しました。奥行きは60cmほどあり、ベンチにしては深く、寝転ぶには浅い。台としても使えるけど、机としては使いにくい。そんな、用途を限定しないつくりにしています。
このカーペットゾーンは現在、息子さんの遊び場で、「おもちゃを広げてもいい場所」としているそう。ベージュのカーペットとベンチの組み合わせが、砂場公園のように思えてきます。
そして、カーペットゾーンにはもうひとつの「タイルの塊」が鎮座。「塊感は欲しいけれど、こちらでは圧迫感はなくしたい」と、光をやわらかく反射する、淡い水色の艶ありタイルを選びました。やわらかい素材の上に、硬質で重厚な素材の塊が載っている様子は、不思議な感覚を覚えます。
この「タイルの塊」の向こうはクローゼット。透明の中空ポリカーボネート板で仕切り、中身を隠しつつ、視界の抜けも両立させました。
水色の「タイルの塊」の内部は、服の収納になっていました。
クローゼットはウォークスルーになっており、キッチン側からとカーペットゾーン側、2方向から出入りできます。キッチン横の洗濯機で洗って、リビング側のバルコニーで干して、乾いた洗濯物をタイルの塊の上で畳んで、クローゼットにしまう。
ここでも「タイルの塊」は、収納であり、作業台でもある、暮らしの中で生まれる動作を受け止める存在になっていました。
リビング側からクローゼットのほうを見ると、壁のあいだにフローリングの床が続いている!? 実はこれも、鏡の映り込み。構造壁が出っ張る部分を斜めの鏡で覆い、姿見として使いながら、空間に奥行きを生み出しています。
鏡を斜めにしたのは、リビングからホール、玄関土間へと視線を導き、空間同士をつなげて見せるためでもありました。
建物そのものだけではなく、「団地の外構や風景」まで「住まいの一部」として捉え直した今回のリノベーション。家の中に持ち込まれたのは、素材や形だけではなく、人が自由に振る舞える“余白”や、内と外をゆるやかにつなぐ考え方でした。
住戸の中だけで完結させず、その境界を少し外へ広げてみる。そんな発想が、暮らしの中に自然な居場所や用途の余白を生み出していました。
\こちらの事例はインスタライブでもご紹介しました/
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OSTR
太田翔+武井良祐が主催する、大阪・東京の2拠点で活動している設計事務所です。
たのしさに溢れた建築、あたらしい普通の風景をめざし、日々活動しています。クライアントの要望を前提とするのはもちろん、本当に必要な空間や機能について、今現在必要なものだけではなく、将来を見据えた長いスパンで考えたときの建築のあり方について、一から考え提案します。
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