エンジニアであるご夫婦と、小学校入学前の2人のお子様。4人家族のMさん一家が暮らすのは、駅の喧騒から離れた、静かな住宅街にあるマンション。

玄関の扉を開け室内に入ると、外の雰囲気とは打って変わって、ブルー・グリーン・オレンジ……とミッフィーの絵本を彷彿とさせるブルーナカラーが明るく出迎えてくれました。

カラフルに塗り分けた扉が連なる廊下。グリーンの扉は玄関ドアからの冷気を防ぐ二重ドア。

一見、大胆に見えるこの色使いですが、部屋を眺めていると、すべてがしかるべき場所に収まっているような、心地よい秩序を感じます。

そんな秩序の裏には、実はMさん一家ならではの芯の通った理想が隠されていました。

「なぜこんな不便を我慢しているんだろう?」家に自分たちを合わせる暮らしからの転換

Mさん一家にとって今回のマンション購入は2軒目のこと。以前はリノベーション済みの分譲マンションを購入し、7年ほど暮らしていました。

リノベ済み物件は、一見綺麗で、誰にとっても暮らしやすく完成されているように思えます。しかし、実際に生活していくうちに、自分たちには合わない「使いづらさ」が少しずつ顕在化してきました。

「例えば、以前の住まいの洗面台は、木の天板に、ベッセル型の大きなボウルが載っているスタイルでした。使う度に周囲がビショビショになっちゃうのが嫌で」

そんな経験を活かして、今回の家づくりでは広い一体型の洗面シンクを採用。『クロップドミラーキャビ』のサイズぴったりに造作しています。

他にも、汚れが目立つキッチン天板の素材や、帰ってきてからの動線、しまいたいものと合わない収納の使い勝手……。ひとつひとつは些細な「不便」ですが、それが毎日繰り返されることで、無視できない不満の蓄積となっていきました。

「賃貸なら『いつか引っ越せばいい』と流せたのかもしれません。でも、私たちの場合は持ち家で変えようと思えば変えられるはず。なのに、仕事や子育ての忙しさもあって何も手を入れないまま我慢して住み続けていたことに気づいてしまったんです」

7年間、いわば「自分たちを家に合わせる」暮らしを続けてきたMさん一家。お子さまの成長に伴う住み替えを決意したとき、これまで溜まりに溜まった「不満の知見」は、新しい家づくりへの強いエネルギーへと変わりました。

「一灯集中のリビング照明も眩しいと感じてしまって。自分には合わなかった」と、今回の家づくりでは間接光を多用した計画に。

「次は、自分たちの手でゼロからやってみたい」そんな想いをぶつける家づくりのパートナーに選んだのは建築設計事務所AIDAHO。

「話を聞きにいく中で自分たちと一番相性が良さそうだと感じました。実際に見学させていただいたAIDAHOさんが手がけた平屋の家もすごく素敵で。それが大きな決め手になりましたね」

前の家で積み上げた「もっとこうしたい」というリストを元に、Mさん一家の妥協のない家づくりが始まりました。

料理は団欒の中心で。孤立しないアイランドキッチン

在宅ワークが中心のMさんご夫婦にとって、家は一日の大半を過ごす大切な拠点。中でも住まいの核となるキッチンには、単なる調理場ではない役割を持たせました。

「子どもが小さいうちは、外に飲みにいくのも難しい。それなら仲間を招いて、家で気楽に飲めるようにしようと、キッチンはコミュニケーションが取りやすい配置を選びました」

リビングダイニングを広く見渡せる配置に。背面窓側にはワークスペースも併設されています。

以前の住まいのキッチンは、奥まった場所にあり、壁に向かって作業するようなスタイル。料理中は、どうしてもリビングの家族やゲストから分断されてしまうのが悩みでした。

こだわったのは、コンロの配置です。あえてテーブル側に寄せることで「できたてをすぐに渡せる距離」を実現。

「前の家でもポータブルのIHをダイニングテーブルに持ってきて使っていたんです。だったらコンロが最初からこの場所にあればいいじゃん!と思って。

料理する人と食べる人が分断されるのではなくて、みんなと一緒に飲みながらつくりたかった。料理担当が孤独にならないよう、コンロとテーブルを近くするレイアウトは譲れない条件でした」

コンロは、掃除のしやすさとフラットな見た目を両立するIHを採用。大人数のゲストを迎えた際は、コンロ前でも飲食ができるようカウンター仕様に。「まだ専用の椅子は用意できていないんですけどね」とMさん。

さらに、将来的にはキッチン正面の壁をスクリーンとして活用する計画も。調理の場としてだけでなく、家の中で最もアクティブな特等席になっていることが分かります。

現在は前の家から持ってきたテレビを置いて使っています。リビングで過ごす家族に声と目が届く距離感です。

「家の中心に位置するアイランドキッチン」というと、綺麗に保つ収納も気になるところ。キッチン下や背面、そして冷蔵庫置き場に併設したパントリーと、たっぷりの収納を設けました。

カラー塗装でキッチンの背景もつくっている大容量の収納。把手はブラックで、コントラストを効かせて。

「器を集めるのが好きなんですが、選ぶ時には『食洗機に突っ込めること』も気にしていますね。後は、食洗機が回っている間でも調理ができるようにしたいと思っていて。よく使うボウルなどの調理器具は、同じサイズのものを複数持てるスペースもあらかじめ確保しました」

食洗機の容量だけでなく、その間に家事が止まらないように考えられてるのがMさんならでは!引き出しの中も、種類ごとにきっちりと道具が並ぶ姿は、惚れ惚れするほどの秩序があります。

「包丁も平置きにするのが自分たちには使いやすい」とこの場所に。整然と並ぶ道具たちから、Mさんの丁寧さが伝わってきます。

キッチンに仕舞われているのは調理道具だけではありません。シンク対面には日焼け止めや虫除けなど、お出かけ前に必要なものが収納されていました。

キッチン・リビングの中でも取り出しやすい場所にお出かけグッズ?と思いますが……

「普通だったら玄関に置くものかもしれないですけど、子どもがいるとリビングでテレビを見ながら準備することが多いんです。それなら、ここにあるのがいいなと思って」

「普段どこでどんな動きをするのか」に合わせた収納計画。かつて感じていた「不便」を自分たちにとっての使いやすさに書き換えていくプロセスが、このキッチンには凝縮されていました。

「両手が荷物でふさがっている帰宅直後でも、肘で押せるように」スイッチの高さも行動パターンから逆算して設定。現在身長80cmの次男くんも手が届くようになりました。

ボードゲーム専用設計!今の楽しみを最大限に、少し先も見据えた多様な居場所

リビングの主役となっているのが、壁一面の大きな本棚。ご夫婦が趣味で集めてきたボードゲームがぎっしり収められています。

収納の最下部は、細かなものを隠せる引き出しに。AIDAHOさんが設計し、デジタルファブリケーションで切り出されたものを、MさんがDIYで組み立てて制作しました。

「​​海外製のものも含めて、ひとつずつ箱のサイズが違ったりして。結構かさばるものも多いんですよね。

ここは最初から厳密に決めすぎずに、おおよそのサイズにあうよう高さと奥行きを考えて、設計してもらいました」

増えゆくコレクションを受け止める余白も残されています。今はまだお子さまが小さいので、じっくりプレイすることは難しいそうですが、早く大きくなって再開できる日を楽しみにされているそう。

実はダイニングテーブルを大きめにしたのも「最大8人でボードゲームを囲めるように」と、趣味を楽しむ視点も交えて考えたもの。テーブルの傍らにはゆったりとした小上がりもあり、大人も子どもも、同じ空間にいながら思い思いの場所で好きなように過ごせる多様な居場所がつくられています。

小上がりスペースは、子どもたちがお昼寝をしたり、下部は季節ものを収納するスペースとしても活用されているそう。

こちらは壁面をイエローに塗装。外からの自然光と相まってポカポカと気持ちよさそうな一角に。

「ここは子どもたちにとって、なんだか楽しい遊び場みたいで。いつもステージみたいに踊ったり歌ったりしてますね」

現在は家族が地続きに過ごす広いリビングですが、今の形が最終形態ではありません。将来子どもたちが成長し、自分の部屋を欲しがった時には壁を立てて仕切れるよう、あらかじめ下地を仕込んでいます。

仕事や家事を効率よくこなすだけでなく、趣味までも「こうだったらいいな」が反映された空間。

数年先の変化であれば、最初から個室をつくってしまう選択肢もありましたが、今のMさん家族にとっての最適解は、みんなの「楽しみ」を最大化してくれる大きなリビング。暮らし方を固めすぎず、未来の自分たちに委ねる「余白」を残しておく。そんな柔軟な設計が、日々の安心感につながっているように感じました。

取材中の一コマ。ボードゲームや画集が並んだMさん一家の本棚に、AIDAHOさん・toolbox取材陣共に興味津々です。

「好き」という直感を理論で裏付けて。最後は自分の手で塗り仕上げる

この家の象徴にもなっている鮮やかなカラー。これは、Mさんご夫婦が自分たちの「なんとなく好き」という集積を深掘りしていく中で見えてきたものでした。

「ダイニングの椅子は、以前から気に入って使っていたものなのですが、振り返ってみると昔から緑や黄色、青といった色が好きだったんです。そういえば今日着てる服も緑ですね(笑)。

家づくりでも、自分たちの惹かれる雰囲気を集めてみたら、真っ白な壁よりも、ラワンの木目があったり、はっきりとしたアクセントカラーが入ってる感じが好きなんだって分かって。それをAIDAHOさんにリクエストとして伝えました」

そう言われてみてみると、椅子やデスクライト、キッチンの小物まで。アクセントカラーと同じトーンで揃っています!

興味深いのは、そこからの色選びのプロセスです。あるときディック・ブルーナの絵本を見て「あ、うちが使っている色とほぼ一緒じゃん!」と気づいたMさん。さらにブルーナの背景を調べていくうちに、ブルーノ・ムナーリの色彩論や、その根底にあるモダニズムの思想にまで辿り着いたと言います。

「一見大胆に見える色使いの裏にも、ルールや設計思想がある。そうした理論に基づいてつくられたものがいいなと思って。」

ただ感覚で色を選ぶのではなく、色彩論のフレームワークも参照しながら「なぜ惹かれるのか」を深掘りしていく。自分の「なんとなく好き」を徹底的に分析し裏付けをしながら形にする姿勢は、なんともMさんらしいアプローチです。

そんなMさん流のこだわりを受けてAIDAHOさんは絶妙なバランスで空間に落とし込んでいきました。

例えば、ベースの白に見える壁面は、実はほんのりグレーがかった色味。さらに、天井は壁面より白く艶のある仕上げに変え、コーブ天井に仕込んだ間接照明の光が柔らかく広がるよう、全体のバランスを調整しています。こうしたプロならではの細やかな色味の調整が、アクセントとなるブルーナカラーをよりいっそう引き立てています。

艶あり塗装の天井は、照明をつけていない時でも、窓からの光を反射し、室内に伝えてくれます。

そしてこだわって選んだカラー塗装は、Mさんご夫婦がDIYで初チャレンジ。

「前の家でも『塗ろう塗ろう』と言いながら、結局できなかったので、今じゃないかと思って」

塗装を行ったのは完成間近の7月。想像を絶する暑さとの戦いでした。

塗装をした時の様子。現場近くの仮住まい先から毎日通って仕上げたそう。

「天井からの熱がジリジリきて、もうめちゃくちゃ暑くて……(笑)。でも汗を落としたら仕上がりに響くし、塗料はどんどん乾いてダマになっちゃう。夜な夜な現場に通って、ヤスリをかけては塗る、の繰り返しでした」

そうして完成したキャビネット。鮮やかな青は、ラワンの色味とも相性抜群です。

「想像の3倍は大変でした」と振り返るMさんですが、その表情はどこか晴れやか。

あえて手間のかかる刷毛塗りにこだわったことで、壁面には光の当たり具合で豊かな陰影が生まれます。

初めての塗装DIY前に「ポーターズペイント」の塗装レクチャーを受講。プロの指導で塗り方のコツを掴んでから本番に挑むあたりにも、Mさんらしい丁寧な準備の跡が伺えます。(撮影:中村晃)

「なぜこんな不便を我慢しているんだろう?」

そんな小さな違和感に麻痺せずに、自分たちの日々の行動パターンから丁寧に解決策を見出したMさんの家づくり。

「好き」という直感をロジックで裏付けるだけでなく、プロジェクトを一緒に進めるAIDAHOさんと一緒に、自らの手も動かして形にする。あえて手間を惜しまず細部までこだわり抜いたからこそ、他にはない深みと愛着に満ちた住まいが完成しました。

あらかじめ決められた間取りや設備に自分を合わせるのではなく、暮らしの主導権を自分たちの手に取り戻す。そんな想いが形になったこの家は、何気ない日常をポジティブなものへと書き換えていく楽しさを教えてくれているようです。

株式会社AIDAHO / アイダホ

照明器具や家具単体から、住宅、商業施設、オフィス、福祉施設、医療施設など、規模もジャンルも幅広く手掛けている設計事務所です。「木製室内窓」「フラットレセップ」などの開発パートナーです。

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テキスト:岩崎