この家に暮らすのは、ユウタさんとミキさん夫婦+子ども2人の4人家族。もともとは家を買うつもりはなく、賃貸で暮らし続けるつもりだったそう。
そんなご家族がこだわり満載の家づくりをすることになったきっかけは、ランニング中に見かけた一軒のマンション。建物の雰囲気が気に入り、部屋が売りに出ていることを知って内見へ。窓からの眺めにも惹かれ、リノベーションを前提に購入を決めました。
より広い住戸も売りに出ていたものの、ご家族が選んだのは70㎡の住戸。
「部屋が細かく分かれていて、距離感が好みじゃなかった。みんながどこにいるのか、なんとなく気配を感じながらの暮らしが落ち着くんです」と話します。
リノベーションのパートナーに選んだのは、“施主参加型”の家づくりを提案しているHandiHouse projectのメンバーである、紡ぎ舎の秋山直也さん。
「自分たちで手を動かして家をつくることにも憧れがあった」というご夫婦。完成した家をただ受け取って住むのではなく、つくり手と一緒に家をつくっていきたい思いから、HandiHouse projectに依頼しました。
そうしてできあがったのは、完全に閉じることができる部屋が1室だけという、家全体がゆるやかにつながったプラン。
このマンションは、撤去できない構造壁がある壁式構造でした。そうした中、部屋やスペースを仕切る壁や建具を極力無くし、それぞれの居場所が緩やかにつながる間取りにしています。
そして、そんな住まいの中にある唯一の個室は、なんと「茶室」なんです。
この茶室の「亭主」は、妻のミキさん。高校時代から茶道を続けており、家に茶室をつくることを勧めてくれたのは、茶道のお師匠でした。まだお子さんが小さく、家でお茶を楽しむ機会は少ないかもと悩んだものの、「いつかは自宅でお茶を点てたい」という長年抱いていた想いを、この機に実現することにしました。
さまざまな決まりごとがある茶室づくり。ミキさんは本で学びながら師匠にも相談を重ね、秋山さんもミキさんから参考書を借りて、一つひとつ設えを決めていったそうです。
「せっかくだから、一番お金をかけよう!」と、こだわりを尽くした茶室。床柱は、新木場の銘木屋まで足を運んで選んだもの。天井は「網代天井」と呼ばれる仕上げで設えました。
茶室では、床の間に向かって畳や天井の線が突き刺さるように見える納まりを「床挿し」と呼び、御法度とされています。そうした決まりごとにも倣いながら、細部まで茶室の作法に沿って計画されています。
茶室の隣には、バルコニーに沿って、洗い出し仕上げの土間を設けました。屋内でありながら、軒下のような半屋外の趣を感じる場所に仕立てています。
マンションの一室とは思えない、風情のある景色です。
本格的につくり込んだこちらの茶室。実は普段は、「寝室」として使っているんです。
茶室の間仕切りに使ったのは、襖や障子のように使える“布貼り”の引き戸、『布框戸』。一部の引き戸は「布張りなしタイプ」を使い、ミキさんが選んだ布を秋山さんが張り込みました。
茶室としての佇まいを優先するため、天井には照明を付けず、布団をしまう収納の中にコンセントを仕込んで、必要な時に照明器具を灯せるようにしています。昼間はリビングの延長としても使える、フレキシブルな空間です。
茶室はミキさんの趣味を形にした場所ですが、この家づくりで叶えたのは、妻の「好き」だけではありません。
リビングには、読書家のユウタさんの夢だった、壁一面の本棚を造作しました。
さらに、本棚の手前にはスクリーンを天井付けしており、下ろせばリビングがホームシアターに早変わり。映画が趣味のユウタさんの「好き」も、暮らしの中にしっかり組み込まれています。
リビングダイニングに続くキッチンは、長身のご夫婦に合わせて天板高さ95cmで設計したオリジナル。ラワン合板に、ステンレスと黒いタイル、マットな質感の『塗装のキッチンパネル』を組み合わせました。
ラワン合板の小口をあえて見せた造りも特徴的で、どこか町家の階段箪笥を思わせます。
コンパクトなスペースの中に、冷蔵庫や電子レンジなどの家電置き場、収納、食洗機までをきっちり計画。使う人や空間に合わせて無駄なく寸法を詰められるのは、造作キッチンならでは。
シンクは、日々の料理や洗いもののための場所として以外に、茶事の準備や片付けをする「立ち水屋」としての役割も兼ねています。
棚の組み方も、和室の違い棚を思わせるデザイン。「茶道モード」に入る場所として、ここには調理道具を置かないルールにしているそう。
マンションの構造上、洗面脱衣室のスペースがあまり取れなかったため、洗濯機はカウンター収納を挟んでキッチン横に設置。
リビング・ダイニングで過ごしたり、キッチンで作業をしたりしながら洗濯作業ができるので、結果的には家事動線のいいレイアウトになりました。
寝室でもある茶室、図書館にもホームシアターにもなるリビング、立ち水屋を兼ねるキッチン。趣味と実用を重ね合わせた空間づくりが特徴的なこの家ですが、決して合理性だけでこのプランに至ったわけではありません。
今回の家づくりの指針になっていたのは、プランニングの初期段階でミキさんが考えた「趣味と生活の共存〜和楽庵を添えて〜」というコンセプト。
いくつかの選択肢で迷ったときにはこのコンセプトに立ち返りながら、「実用性よりも、楽しいと思える方を選ぶ」という考え方を大切にして、家づくりを進めたそう。
たとえば、当初の図面では、玄関ホールと子ども部屋の間に壁が設けられていました。ですが、ユウタさんの「なくてもいいんじゃない?」という一言で、ひと続きにつながる空間が生まれました。
家族で「どんな家に住みたい?」と話していたときに浮かんだのが、「ゴロゴロできる家」という希望。床には、寝そべったときの肌触りが気持ちいい無垢の杉フローリングを採用しました。
間仕切り壁をなくしてオープンになった玄関では、帰宅してそのまま床に寝転がることもあるのだとか。 たしかに、この床に触れたら、思わずゴロゴロしたくなりそう。
そんなふうに、家族みんなで「やりたいこと」を話し合いながら進めた家づくり。ウェス・アンダーソンの世界を思わせるトイレのカラーリングは、娘さんが決めました。
ブルーの床に、マスタード色の『アームペーパーリフト』、白い100角タイル、木の見切りに、ピンクの吊り戸棚。思い切った色の組み合わせが、カラフルで楽しい空間をつくっています。
洗面台の壁に貼ったタイルも、娘さんのセレクト。どこにどの色を貼るかも自分で決めたのだそう。
病院用流しを埋め込みにした木製のロングカウンターは、家族が同時に使うシーンにも活躍。照明は『カプセルライト』を2灯使いしました。水栓は、『壁付けセパレート混合水栓』のサテンです。
そして、玄関から仕切りなく続く子ども部屋。デスクと一体になった本棚は、以前から使っていた「マルゲリータ」のもの。新居での置き場所を悩んでいたところ、造作デスクと組み合わせる案を秋山さんが提案してくれたのだそう。
そしてこの本棚付きデスクは、子ども部屋をゆるやかに仕切るパーティションとしても機能しています。
本棚の裏に潜んでいるのは、秘密基地のようなロフト!
縦方向に空間を使うことで、限られた面積を有効活用しながら、登ったりこもったりするのが楽しい、子どもたちの特別な居場所ができました。
そして、子ども部屋の手前にあるアール壁に設えた本棚は、ユウタさんのアイデア。これも、当初の図面にはなかったものです。
当時の住まいが近所だったこともあり、毎日のように工事中の現場を訪れていたご夫妻。秋山さんとその場で話し合いながら、決めていったことも多かったそう。
ただ図面どおりにつくるのではなく、現場でセッションしながらアイデアを出し合い、形にしていく。そんな“施主参加型”の家づくりだからこそ、生まれた場所です。
この家には、家族それぞれの「好きなもの」と「やってみたい」が、驚くほど素直に表れています。
それは、誰かに答えを委ねるのではなく、自分たちで考え、選び、手を動かしながら家づくりを進めてきたから。そんなふうに主体的に関わってきたからこそ、どこを切り取っても、このご家族らしさがにじむ住まいになりました。
(撮影:佐藤陽一)
紡ぎ舎 秋山直也
一級建築士。株式会社 紡ぎ舎 代表。大学卒業後、建設会社に入社。大工として経験を積む。お客さんと一緒にものづくりをしたいという思いが大きくなり、2021年 HandiHouse projectに参画。大工の技量を生かし、お客さんはもちろん、自分自身も納得のいくものをつくり上げるため、丁寧な設計施工を心掛けている。
HandiHouse project/ハンディハウスプロジェクト
合言葉は『妄想から打ち上げまで』。
家づくりが趣味になれば暮らしも豊かになる。
そんな思いのもと、設計・デザインから工事のすべてにおいて、施主も一緒に参加する空間づくりを提案している、建築家集団です。
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