「会社立ち上げ」「多忙な日々」「鬱で休職」を経て、「FIREして脱・東京」
栃木県那須塩原市に住む林さんとおちゅりさんは、ともに30代。以前は東京で暮らしており、親族が所有していた家を期間限定で借りて住んでいました。地方移住を決めたきっかけは、借りていた家の退去時期が迫っていたこともありましたが、一番の大きな理由は「東京に住む必要がなくなったこと」。
カメラメーカーに勤務後、仲間と一緒に写真映像制作会社を立ち上げて働いていた林さん。「ほぼ会社に住んでいた時期もあった」というほどの多忙な日々を過ごしていましたが、ある日、鬱を発症します。
休職を繰り返しながら仕事復帰を目指していたものの、林さんを支えながらUI/UXデザイナーとして会社勤めをしていたおちゅりさんも鬱を発症するなど、状況が好転しない日々が約4年、続きました。
そんな状況を打破するべく、林さんは会社を退職。電話やメール、締切が苦手という「働くのに向かない」自分の性格を考慮しつつ、経済的自立ができる方法を考えて、「自分で開発したソフトで加工した日常写真を、Twitter(現・X)で発信する」という活動に集中します。その結果、なんと一年で経済的自立を実現。
それに伴って林さんのメンタルも安定し、鬱が寛解。おちゅりさんも元気になり、勤めていた会社を辞め、夫婦揃って「無職」となります。(そんな林さんの半生は、林さんのXやnoteに綴られています)
「Xにアップしている写真は、僕らの暮らしのワンシーンを切り取ったもの。仕事では広告物を撮っていたけど、もともと僕はスナップ写真を撮るのが好きなんです。Xで自分たちの暮らしを発信するようになって、その暮らしを自分たちが“いい”と思う形で続けるほど、収入もついてくる状態になりました」(林さん)
そんなタイミングで訪れた退去の時期。自分たちの暮らしを発信していることもあり、その背景となる家は「本当にいいと思える家がいい」という想いを抱き、新しい住まい探しを始めます。
理想を求めて三万件。たどり着いたのは、コンセプトのある建売住宅
注文住宅を建てる時間的な余裕はないから、すでに出来上がっている中古住宅か建売住宅がいい。ただ、「働く場所」の縛りはないから、立地は全国どこでもOK。そんな条件で物件探しを始め、短期間ながらチェックした物件の総数は、なんと30,000件以上!物件リサーチを担当していたおちゅりさんは、毎日仕事終わりに2時間以上、物件探しをしていたそう。
そんな膨大な数の物件たちの中から二人が選び出した住まいは、那須塩原市にある建売住宅でした。
「それだけの数の物件をチェックしても、予算内で絞り込むと、“いいな”と思う家は10軒くらいでした。この家は『東京R不動産』で紹介されているのを、物件探しの序盤で見ていたんです。でも、予算よりちょっと高かった。当初は、なるべく固定費を下げたいと思って予算を低く設定していたんですが、色々見ているうちにだんだん予算が上がっていって(笑)。いつの間にかこの家も予算内になっていたんです」(林さん)
二人が惹かれたのは、超高気密・高断熱の家づくりを得意とする地元の工務店が、都心からの移住者をターゲットにしてつくったモデルハウス。役目を終え、建売住宅として販売されていた物件です。「遊びが閃きのフックになる、贅沢に“WORK”できる家」をコンセプトにした、自然の刺激を暮らしに取り込み、仕事と遊びが交わるライフスタイルを提案する平屋建ての住まいでした。
「誰にでも合う家じゃなく、コンセプトのある家がいいと思って、“コートハウス”というワードで探したり、建築家が設計した家をチェックしていました。その中で一軒、気になった家があって実際に見に行ったんです。そこもモデルハウスとして建てられた家で、とても素敵だったんです。だけど完成されすぎていて、自分たちが手を加えたり、変えていったりする余地がないなと感じて。その時に、自分たちには適度に“遊び”がある家のほうが合ってるんだなって、気づいたんです」(林さん)
家はあくまで「箱」。暮らしを遊べる「余白」があるかどうかが大事。そう考えるようになったタイミングで、再び現在の家を見て、「この家なら“遊べる”と思った」と二人は話します。
「変化」と「余白」がある空間だから、楽しめる
“遊び”と“WORK”をキーワードに設計されたこの家には、住まい手の自由な使い方を促す工夫が随所に施されています。
玄関を入ってすぐに広がる土間リビングもそのひとつ。あえてフローリングではなく土間にすることで、仕事場にしたり土足のまま入れる場所にするなど、多様な使い方に応えられる空間にしています。林さん・おちゅりさんは、現在はここをリビングとして使用。スペインの家具ブランド・Sancalのカラフルなソファを並べて、「ごろごろ」専用のスペースにしています。
「土間だから寒いかなと思ったけど、高気密・高断熱を売りにしているだけあって、冬でも全然大丈夫でした。土間はソリッドな雰囲気があって、大胆な色も受け入れてくれるところが気に入っています。扉で仕切るんじゃなく、段差や折れ曲がった形によって、自然にスペースの雰囲気を変えられるのが面白い」(おちゅりさん)
ダイニングキッチンは、赤みを抑えたフローリングに、リブパネル貼りのカウンター台、モルタル天板やくすんだ藍色のタイルを合わせたシックな空間。
キッチンが対面式ではなく壁付けになっているのも、この家のコンセプトからの工夫で、空間の使い方の自由度を上げるため。カウンター台はキャスター付きで、家具の置き方や空間の使い方に合わせてレイアウトを変えられます。
大きな作業カウンターを備えたキッチンは、おちゅりさんのお気に入りの場所。ダイニングの目の前にある庭で採れたブルーベリーをお菓子作りに使うなど、自然が身近にある暮らしを満喫しています。
「お菓子作りが好きなんです。忙しかった会社員時代も、夜中に急にケーキを焼き始めたりしてました。ストレス発散なのかなと思っていたけど、今はまったくストレスがないのに作っているので、単純に好きなんですね(笑)。庭の植栽には花や実のつく植物が植えてあって、季節感を感じながら暮らせることも気に入っています」(おちゅりさん)
この家には、玄関から一度外に出てからアクセスできる“離れ”もあります。入居以降、しばらくの間は物置として活躍し、最近やっと書斎としてセッティングできたそう。そんなふうにゆっくり暮らしづくりを進められるのも、いかようにも使える「余白」がある家だからこそ。
とはいえ“離れ”の使い方は暫定的なもので、「水道を引いて暗室にするか、アトリエにするか。今後の使い道の妄想を広げているところ」と林さん。この家に住み始めて1年弱が経ち、少しずつ「自分たちらしい暮らし」のイメージが見えてきたと話します。
アフターリフォームで「自分たちらしい住まい」にチューニング
「実はつい先日、この家を建てた工務店に頼んで、ちょっとしたリフォームをしたんです」(林さん)
手を加えたのは、「キッチンの収納の造作」と「ウォークインクローゼットに棚を追加」「猫ドアの造作」「フリースペースのカウンターと棚の撤去」「コンセントの増設」など。
衣服は主寝室におさまる量だったため、ウォークインクローゼットは林さんのカメラ機材や関連グッズを置く納戸に用途変更。キッチンは、もともとオープンだった箇所に引き出しを造作。使ううちに感じた「こんな収納があったらいいな」を、おちゅりさんが自らデザインを起こして、工務店に作ってもらいました。
「フリースペースには大きなモニターを置きたかったんですが、元々あったカウンターだと奥行きが足りなかったんです。代わりにUSMハラーの家具を置いて、ここをワークスペースにしよう!と思ったものの、CGでイメージ図を作ってみたら“なんか違う”となってしまって、この部屋をどうするかは結局、今も考え中です(笑)」(林さん)
フリースペースだけでなく、他にも手を加えたい箇所がいくつかあると話す二人。全部をいますぐというわけではなく、年単位で手を加えていく予定だそう。「家が合わないから変えるんじゃなくて、自分たちに合わせていく、ポジティブな感覚のリフォーム」と林さんは言います。
「建売住宅は大きく分けて、“誰にでも合うようにつくられた家”と、“特定の人に向けたコンセプトがある家”の2タイプがあると思うんです。でも、この家のように明確なコンセプトがある住宅に、ピッタリ合う人が住むというのは稀なこと。僕らもドンピシャではなかった。でも、そのコンセプトがあったからこの家に惹かれたし、住んでみて“自分たちに合うもの”にも気づくことができた。それをわかっていなければ、たとえ注文住宅を建てていたとしても、理想の家はつくれなかったと思います。この家に住んだことで、自分たちらしい暮らし方を意識するようになりました」(林さん)
どんなに熟考して決めた住まいでも、暮らし始めてからはじめてわかることはあるもの。そんな気づきを少しずつ形にして、自分たち仕様に家をチューニングしていく。
林さんとおちゅりさんのそうした住まい方は、私たちtoolboxが提案している、すべてを最初につくり込むのではなく、その時々の暮らしに合わせて少しずつ空間に手を加えていく家づくりの考え方、「アフターリフォーム」とも重なります。
那須に移住して広がった、「自分たちらしい生き方」のビジョン
そもそも「那須に移住しよう」からではなく、「住みたい家があった」から那須に移住した林さんとおちゅりさん。住む街として、那須にはどんな印象を抱いたのか聞いてみると、
「まだ家を買うことも移住も考えていなかった頃、那須に旅行に来たことがあったんです。魅力的なお店がたくさんあって、とても素敵な場所だなという印象を持っていました。僕たち、伊豆高原や軽井沢高原の別荘地のような雰囲気が好きなんです。那須には、田舎というのとはちょっと違う、どこか都会的な空気感がある。それでいて、北海道のような牧歌的な趣も感じられるところに惹かれました」(林さん)
移住というと、心機一転、働き方や生き方を変えることを目的にする人が多いイメージですが、お二人の場合は「何かを変えたいという期待があったわけじゃなくて、普通の引っ越しの感覚」(林さん)と、なんとも軽やか。とはいえ、那須に暮らし始めたことで、家や暮らしへの向き合い方だけでなく、“外”に対する気持ちにも変化が生まれたそう。
「不思議なことに那須に来てから、いろんな人と繋がりができて。お店に行くと、みんな声をかけてくれるんです。都内に暮らしてた時はそんなことなかったから、僕らみたいな人見知りにもこういうことが起きるんだって、びっくりしました。二人とも、基本的に誰にも会いたくないタイプだったんです(笑)。仕事を辞めて徹底的に引きこもる時期を経て、落ち着いてきた今、もうちょっと外との関わりを持たないとな、という気持ちになってきて。どういうふうに関わりを持つのがいいかなと考えた時、自分たちが出向くんじゃなく、場所を持って、人が来てくれる形が僕たちらしいんじゃないかなと思ったんです」(林さん)
そんな「外との関わり方の実験」として、二人がいま考えているのは、“ごろごろ”をテーマにした場所を持つこと。
なぜ“ごろごろ”なのかというと、きっかけはこの家に引っ越してまもない頃、林さんがXに投稿した一枚の写真。土間スペースに敷き詰めたクッションの上でおちゅりさんがごろごろくつろいでいる姿を投稿したところ、大バズり。自分たちが暮らしの中で大事にしたいことが「ごろごろすること」だったこともあり、それを自分たちのライフスタイルの軸にしようと考えたのだそう。
「ラグとかクッションとか、“ごろごろするアイテム”を並べてみるのもいいし、ついでにそこに暗室をつくってもいいかも。お店というよりは、自分たちがごろごろするセカンドスペースであり、他の人もふらっと立ち寄れる、そんな場所にできたらいいなと考えています。予期せずに人が来て、そこから想定外の何かが起こっていく。そんな場所になったら面白いよね、と話しています」(林さん)
「ただの引っ越し」感覚で始まった那須暮らしでしたが、気づけば住まいや人との関わりを通じて、“自分たちらしさ”を探求する日々に。林さんとおちゅりさんの暮らしがこれからどんな広がりをみせるのか、その未来が楽しみです。
(林さんとおちゅりさんの家の販売時の様子は、こちらの記事で紹介しています)
株式会社アルシス|RAKUYA
暮らしを「楽」にする住まいをコンセプトに、超高気密、高断熱住宅の”寒い冬は暖かく暑い夏は涼しく過ごせる”、Joy・kosシステムを採用した住宅を提案されている栃木県の工務店です。