ご夫婦ふたりがマイホームに選んだのは、都内にある約57㎡のマンション。

決して広いとは言えない面積の中に生活機能を納めつつ、広がりを生み出すために考え出されたのは、ほぼ正方形の住戸の中央に、寝室の“箱”を斜めに配置するプランでした。

そうして、寝室の“箱”のまわりに、キッチン・リビングダイニング・夫婦二人で作業できるワークスペース・たっぷりの収納をぐるりと配置。家の中に長い動線をつくることで、実際の面積以上の奥行きを感じられるように計画しました。

こちらが、玄関を抜けた先にあるキッチンからの眺め。奥の光に誘われるように進んでいくと……

キッチン越しに玄関と、奥のワークスペースまで視線が抜ける、リビングダイニングが広がっていました。

“箱”の大きな引き戸も開け放つと、寝室もリビングダイニングと一体に。平面図で見た時のそれぞれのスペースはコンパクトですが、実際の空間はとても広がりを感じます。

各スペースの床仕上げを統一していることと、引き戸を“箱”の壁と同じ仕上げで作り、戸としての主張がないデザインにしているのも、空間の隔たりを感じさせないポイントです。

リビングダイニングと寝室の間には室内窓が設置されており、引き戸を閉じた時も空間のつながりを感じられるようになっています。

そうした間取りの工夫のほか、この家の特徴は、“素地”を感じる素材使いをしていること。

コンクリート躯体現しの天井や壁、既存内装を撤去した跡など、化粧仕上げをされていない状態を活かして空間づくりをしています。

きっかけは、お施主さま夫婦がコンクリートの躯体現しが好きだったこと。その質感に合わせて、素材の“そのまま”を尊重した素材やパーツを選定していったそう。

ワークスペースは、壁も天井も躯体現し。天井には、工業製品的な飾り気のない佇まいが特徴の『工業系レセップ』を、露出配管と組み合わせて使っています。

ワークスペースは閉じられていないものの、適度なおこもり感があり、作業に集中できそう。デスクの背面は壁を活かして、既製品の本棚を置きました。

フロアは、マットな表情が特徴のリノリウムシート仕上げ。寝室が収まる“箱”は、ラーチ合板の木目を活かしながら塗装しました。ほのかに光を反射するメタリックな塗料を使っており、ラフな印象のあるラーチ合板の表情に、上品さをプラスしています。

キッチンにも、“そのまま”を感じる素材たちが使われていました。

キッチンは、ステンレス製の『オーダーキッチン天板』。
ガスコンロもステンレストップ、『フラットレンジフード』もステンレス、そこへインダストリアルな風貌が特徴の『スプリングホース水栓』を組み合わせています。上部には、“箱”の壁仕上げと同じ木目が透けるペイントを施した、『ラーチの吊り戸棚』を取り付けました。

さらに、キッチンパネルは、コンクリート躯体現しと好相性な『塗装のキッチンパネル』のチタンシルバー。照明は『工業系レセップ』、ツールバーは『オーダーマルチバー』のステンレスという、オールtoolboxアイテムなキッチンです。

キッチンの下部は収納を作らず、オープンスタイルを選びました。電子レンジなどを置く収納も、既製品のスチールシェルフを使っています。

食器棚やデスク、本棚も置き家具を使い、造作収納をほとんど作らなかったのは、意図的なもの。

「老後まで住む家」として、この家を買ったお施主さま。ライフステージや暮らし方の変化に対応できるようにと、つくり込み過ぎず、極力シンプルに、余白を残した空間にしたのです。

素材使いのコンセプトとして掲げた“素地”には、「暮らしのベースになる空間」という思いも込められていました。

キッチンから玄関側へ進むと、洗面脱衣所から独立させたランドリールームがあります。

換気扇やダクトは天井板で隠蔽せず、むき出しに。ここにも“そのまま”ルールが適用されています。

ランドリールームには、アメリカで厨房機器として生まれた『ワーカーズ水栓』と、オールステンレスの『スクールシンク』を据え付けました。

バックガードを備えた広いシンクはペットの猫のグッズも気兼ねなく洗えます。大きな鏡を添えて、洗面としても使えるようにしました。

ランドリールームの向かいにある洗面脱衣所には、コンパクトな洗面器を設置。脱衣所内のトイレの手洗いも兼ねています。水栓は『洗面水栓 SK-7:ベント混合栓 B クローム』をお使いいただきました。洗面場所が2つあると、夫婦で同じ時間帯に使いたいときもスムーズですね。

工業系レセップ』と『アメリカンスイッチ』と露出配管というインダストリーなパーツに、落ち着いた雰囲気を醸し出すベージュのクロスという組み合わせが新鮮。タオル掛けに使った『ステンレス丸座バー』と天井照明の丸みも、空間に柔らかな印象を添えています。

洗面脱衣所とランドリールーム、WICの床は、鮮やかなブルーの塩ビタイルを貼って、シンプルな空間のアクセントにしました。ドアや収納の扉はラワン合板で造作し、『ワトコオイル』のナチュラルで仕上げています。

この家の中で唯一の造作収納は、一部を愛猫たちのトイレに。アーチ型にくり抜かれた出入り口がアクセントになっています。

玄関のたたきは、既存の床仕上げを剥がした跡をそのまま生かしました。

上がり框のステンレスと、ブルーの塩ビタイル、ラフなたたきというメリハリのある素材の切り替えに、センスを感じます。

暮らしは、生き方と共に変わっていくもの。「将来こうなるかも」と予測してつくり込んでおく手もありますが、その通りに暮らしが変わるとも言えません。なのであれば、その時々に合わせて手を加えていける「余白」をつくっておく。そんな住まいなら、「こんな風に暮らしが変わったら、こうしようかな」「あそこをこんなふうにしてもいいな」というふうに、変化をポジティブに受け入れられそうです。

toolboxでも、すべてを最初につくり込むのではなく、その時々の暮らしに合わせて住まいに手を加えていく考え方を、「アフターリフォーム」と呼んで提案しています。(「アフターリフォーム」に関する記事一覧はこちら

着回しやアレンジが効く一着からおしゃれの幅を広げていくように、ベースとなる空間から、自分たちの暮らしを育てていく。未来への楽しみが詰まったマイホームです。

写真:倉本あかり

※こちらの事例はimageboxでも詳細をご確認いただけます。

株式会社アキナイガーデンスタジオ

横浜の弘明寺を拠点に活動する建築設計事務所。小商いシェア店舗「アキナイガーデン」の創業から活動を開始。建築設計だけではく、地域イベントの企画、不動産活用方法の検討、暮らし方の提案を行っています。設計事務所・シェアテーブル・マテリアルライブラリーが一体になった空間「AGry」を運営。

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テキスト:サトウ

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