夫と2人の子供がいるYさんは、足や手の筋力が徐々に弱くなっていく症状の遠位型ミオパチーという疾患がある車椅子ユーザーです。現在は出社と在宅が半々ほどのデザイン関係の仕事をしています。
築約50年の中古マンションを取得し、建築家の田岡博之さんに空間設計を、家具や小物などの設計や手配を神梓(じん あずさ)さんに依頼しました。2人とYさんは大学の同級生で20年来の友人でもあります。
家へのこだわり、進行する病状への理解があり、遠慮なく意見をぶつけられる頼もしい友人とともに、デザインと使い勝手を両立し、家族みんなが使いやすく心地よい家づくりが行われました。
マンションはSRC造の細長い空間。前の住まい手の方は、竣工時から長く住まれていたため、断熱材などが入っていなく元のまま使える部分がほとんどない状態。ほぼスケルトンから計画することに。
水回りの位置は動かせないので、この辺りにこういうものが欲しいという配置は必然的に決まっていったそう。
リビング、Yさんのワークスペース、水回りの他、夫婦の寝室と子供部屋があります。
車椅子を併用し、廊下の幅は車椅子が移動できるよう広く、けれど歩くときは狭く、何かにつかまりながらとなる。そんな矛盾した条件を解くために、田岡さんは間取りというよりも、部屋のつながり方、家の中に「道」をつくっていくような感覚で、オリジナル家具を中心とした空間構成を考えていきました。
土間の玄関から左右に空間が広がります。
オリジナル家具が点在したような空間の構成で、つかまる時のよりどころとなるように、造作家具の高さも考えられています。
外出用車イスを置いたり、将来はスロープが設置出来るように広くとった玄関の土間スペース。有孔ボードには、かばんや小物なども掛けられます。
キッチンは、壁際に天板だけの『オーダーキッチン天板』を配置。背面にはカウンター収納を造作しました。
キッチンについては、使い勝手を考慮し、Yさんが自ら前の家の食器棚や戸棚のサイズを計り、「収納はこの高さだと使いやすい」などの声をもとに設計されていったそう。
ラワン造作の収納に鉄の『把手の金物』がアクセント。Yさんが好みの太さなどから、セレクトしました
キッチン下部は、車椅子でも作業できるよう食洗機だけを露出で設置した天板だけのオープンなつくり。コンロ奥はL型の浅い造作ワゴンを設けています。
調理中の様子。キッチン背面の収納カウンターには電子レンジや炊飯器を置いて。
キッチン上の造作の吊り戸棚には、ザルやボウル、タッパーといったキッチン用品、ゴミ袋や手ふき、家族分の水筒などを収納しています。
キッチンから振り返って、お皿を取り出し、配膳ができる。状況に応じて、作業しやすいよう、カウンター収納は移動できるつくりとなっています。
カウンター収納上に置いたものが落下しないよう、収納の把手に使った「把手の金物」の径が太いタイプをサイズオーダーして転倒防止の柵代わり設置する工夫も。
キッチン右側のワゴンは、調味料や調理器具を置いて。つかまり立ちができる場所にもなっています。
IHコンロ下には分別のゴミ箱を設置しました。
「オーダーキッチン天板」は、好みの高さに壁付け設置できるのが魅力。Yさんが座ったまま調理しやすい高さを考え、天板高さは、床から820mmに設定しました。
食洗機から振り返って、背面の収納棚にすぐに仕舞える使いやすい配置になっています。
キッチン背面のカウンター収納の立ち上がりは、立って伝い歩きをするのにちょうど良い高さに。対面にある同じ高さの腰壁の笠木もつかまる家具となっています。
部屋間の移動に手すりはかかせませんが、既製品の手すりはいいと思えるものがありませんでした。家具の設計が終わった頃に、手すりの相談をされた神さんは、ラワンで家具を造作する際に発生する端材を使った手すりを提案しました。
設置高さにより、手すりになり、玄関にあれば傘がかけられ、高い位置にあればコートハンガーにもなります。
神さんのよる手書きスケッチ。思考が読み解けるような手書き図面、引き込まれます。
車椅子動線から考えられた、斜めに繋がる廊下の壁。
カーペットの部分はリビング。車イスの軌跡でもある床のアールに沿ってYさんのワークスペースへ。カーペットは柔らかくないもので椅子への移乗の際にしっかり感のあるものを。コルクも木製フローリングに比べてほどよいグリップがあるために選択しています。
両面からアクセス出来る島状の家具。手をかけて歩くための安定性、絶対に倒れない奥行きが必要となります。表裏の関係なく本が入れられて、島のように置くとパーティションにもなる。建築に寄った複合的役割を持つ家具が設計されました。
夫の大型の写真集から子供たちの漫画まで、あらゆるサイズの書籍を受け入れてくれるよう、Yさんの希望であえて真ん中の背板をなくしました。
お子さんたちがソファに座りながらマンガが取り出せる、理想的で、自堕落な生活が可能になってしまったそう(笑)。
Yさんの進行する身体の症状にも対応できるよう、可変性あるラワンの造作家を中心につくられていった空間は、お子さんや家族の成長、変化も柔軟に受け止める心地よい住まいとなりました。
似たような状況の車椅子の方の家づくりの参考になるようにと、Yさんご夫婦、田岡さん、神さんは、今回のプロジェクトの進め方、詳細を連載コラム「車椅子から考える家具と住まい」という形で前編・後編に分けて残されています。オリジナルな洗面・お風呂場の様子なども紹介されていますので、ぜひ、合わせてご覧ください。
写真:太田拓実
田岡博之建築設計事務所
建築における人と環境とのつながりを追求し、家をつくるという過程もたのしみながら、一緒に考えていけるとよいと思っています。新築もリノベーションも、その環境ならではの暮らしのかたちを探していきたい。土地探しも相談可能です。
有限会社SOLO
空間設計、家具の製作管理、プロダクト開発を主な業務とする小さな会社です。様々な専門家とのネットワークがあり、仕事ごとの最適なチーム結成をできるのが強み。プロセスを重視し、お客様の課題解決に真摯に取り組んでいきます。
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