玄関の扉を開けると広がっているのは、ここが東京のマンションの一室であることを忘れてしまうほどの静謐な世界。
外から届く淡い自然光が、家の中にじんわり満ちていく様子は、薄明の中に身を置いた時のような、静かな感動を覚えます。
この家に暮らすのは、ご夫婦と2匹の愛猫。
約60㎡の室内には、台湾や日本の民藝、古い工芸品など、国籍も時代も超えた手仕事の品々が、独自の感性によって美しく並べられています。
持ち物のひとつひとつからも伝わるように、好みやイメージを明確にお持ちだったお施主様。家づくりにおいても、将来のライフスタイルの変遷を大切にしながら、要所要所でスタート時点から用意していたイメージボードに立ち返りつつ計画を進めていきました。
そうして完成した室内は、深い色味のフローリングに、乳白色の壁面という穏やかな色調でベースがまとめられています。そこへ、個性ある家具や道具たちに調和するよう、随所に質感の豊かな素材選びへのこだわりが貫かれています。
ダイニングの背景に静かに佇むキッチンは、モルタル左官仕上げによる造作。塗り壁のようなマットでざらりとした風合いが、木や竹といった自然素材の道具たちを優しく受け止め、美しい背景として同居しています。
ステンレスのキッチン天板に合わせて、レンジフードも『フラットレンジフード』のステンレスをセレクト。
奥まった配置のキッチンですが、勝手口のガラスドアから入る光が、棚に並んだ籠や器の柔らかな陰影を浮かび上がらせてくれます。
質感豊かな素材選びと並び、この住まいを特徴づける要素となっているのが「見え隠れ」の空間の繋ぎ方。部屋を完全に閉じすぎない、曖昧に境界をぼかすような仕切り方が、マンションの一室に奥行きをもたらしています。
リビングと寝室を仕切るのは『木製ガラス引き戸』。そこへさらに縄すだれを重ねることで、光や家族の気配を通しながらも、オープンに見せすぎない絶妙な透け感をつくり出しています。
また、廊下との間仕切り壁を天井まで閉じずに隙間を開けているのも、広がりを感じさせてくれるポイント。お互いの部屋の光が隙間を伝ってじんわり広がり、住まい全体を柔らかく包み込んでくれます。
天井付近の隙間は、光をめぐらせるだけでなく、愛猫たちの格好の遊び場にもなっています。
この間仕切り壁と繋がるリビングの梁部分には、アクリル板と『棒棚受け』でつくられたキャットウォークが設置されています。
光と視線を通す透明なアクリルは、空間に開放感をもたらすだけでなく、こんな風に真下から肉球をのぞきみることもできる嬉しい副産物も。猫のためのスペースでありながら、部屋の雰囲気にも馴染むアイデアです。
そして、この「見え隠れ」の繋ぎ方は、リビングだけでなく洗面脱衣室にも。
動線を考慮して玄関やリビングの近くに配置した洗面室は、しっかりと独立性を持たせた間取りに。
石目調の洗面カウンターと足元の磁気質タイルは、かつての住まいにあった水場や土間を思わせるような設え。居室の温かな空気とはまた違う、凛とした気分に浸れます。
洗面室の中に入ると、上部の開口からリビング側の光が差し込み、想像以上の明るさがあることに驚きます。ガラス越しの躯体天井や開口部に置かれた小物など、頭上の景色がちらりと覗くのも、空間が繋がっているからこその面白さ。
そして何より気になるのが、足元で静かに佇む雪見窓の存在です。
雪見窓の傍ら、洗面カウンターの下部には石を敷き詰め、まるで庭のように見立てたつくりに。外とつながる窓辺にいるような、心地よい錯覚が生み出されています。
隣の空間が直接視界に入らないからこそ、その先へ未知の空間が続いていくような、奥行きを感じさせてくれる工夫です。
サニタリーの質感をさらに高めているのが、表面にスライスストーンを施したオリジナルの引き戸。
本物の石を薄く削り出した素材を使うことで、建具として必要な軽さを保ちつつ、岩肌を切り取ったかのような圧倒的な存在感と力強い景色を空間にもたらしています。
シンプルになりがちな廊下の景色も、扉にこれほど自然が生み出す躍動感があれば、住まいを象徴する印象深い一角になります。
アールをつけた乳白色の壁面が見せる柔らかな表情と、岩肌のソリッドな質感との対比も、空間にリズムをもたらす面白い光景です。
そんな廊下の奥に足を進めると、個室として緩やかに仕切られた書斎があります。
こちらの空間には、リビングと同じ乳白色の温かな壁面をベースに、和紙や漆喰など陰影の美しい素材をプラス。これらはリノベーション後に、お施主様自ら施工されたもの。
柔らかな素材に囲まれた空間は、長時間のデスクワークも居心地よく、包み込んでくれそうです。
作業デスクは『ヒノキ卓』の脚に、濃い色味の木天板を重ねて使用。天板と脚にコントラストをつけた自由な組み合わせは、明るく柔らかなヒノキの木肌をグッと引き締めています。
手元灯に選ばれたのは『インダストリアルアームライト』。和紙や漆喰、小さなフィギュアたちにほどよく囲まれて、心地よく集中できる一角に仕上がっています。
素材選びへのこだわりは、クローゼットにまで行き届いています。仕舞い込まず、オープンな設えにすることでショップのような佇まいに。ワイヤー吊りのハンガーパイプが、軽やかに衣服を宙に浮かせています。
そこへ流木を重ねたり、手前には『ソケットランプMETAL』の「鉄サビ」を合わせたり。細部にまで大胆な素材選びの妙が光ります。
一見、無骨な印象の強い「鉄サビ」ですが、古道具に囲われたこの住まいに老いては、長い年月をかけて美しく風化してきたような、不思議な馴染みの良さを感じさせてくれます。
趣ある素材選びに、「見え隠れ」の繋ぎ方による不思議な奥行き。どこを切り取っても美しい光景に満ちたこの住まいは、お施主様がブレない軸を持って、世界観を築き上げたからこそ生まれた空間です。
マンションのワンフロアでも、工夫次第でここまで豊かな情景を描くことができる。そんな気づきを与えてくれる事例でした。
(撮影:Akari Kuramoto)
ORGAN CRAFT/オルガンクラフト
「革新を続けるプロフェッショナルチーム」を掲げる建築・空間づくりのチームです。
不動産エージェントと連携し物件購入前の相談や内見同行から伴走し、理想の実現を専門家視点でサポート。横浜・東京・大阪を拠点にした設計・施工だけでなく、新潟の自社工場でのオーダー家具・什器製作まで一貫して手がけ、空間全体を一つの思想でデザインします。
磨き続けた技術と知識をお客様の暮らしや社会へ還元することが私たちのものづくりです。
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