この家が建つのは、根本さんが中学時代まで過ごした実家の跡地。
家族で近所へ引っ越した後しばらくは賃貸として人に貸していましたが、結婚を機に「自分たちの家を持ちたい」と、この場所に帰ってきました。
RC造と木造を組み合わせるという構想は、実は学生時代の卒業設計から温めてきたもの。
新陳代謝が激しい都市で長く住みこなすには、まず生活を守る“強固な器”が欠かせない。けれども、家族のかたちや暮らしぶりは常に変わっていくもの。
そこで根本さんが考えたのは、外側を堅牢なコンクリートで守り、内側を木造で柔軟に仕立てる混構造の住まい。時代に合わせて、育てるように暮らしていける住宅です。
建物は、地上2階・地下1階の三階建て。各フロアは35㎡とコンパクトながら、限られた面積を最大限活かすための細やかな仕掛けが詰め込まれています。
2階のLDKは、リビングの床だけフロアを一段下げて、目線の高さを変えています。「そうすることで同じ空間にいても、視線の距離がふわっと伸びて、部屋全体が広く感じられるんです」と根本さん。
さらに、ダイニングのベンチとリビングの腰壁の高さを揃え、水平ラインを強調。視線が気持ちよく抜けていくことで、のびやかな心地よさが生まれています。
わずかな段差は、ときに腰掛けてテレビを楽しむ場に、ときにお子さんのお絵描きテーブルにと、暮らしの中で日々姿を変えてゆきます。さらに、ダイニングとリビングの間の収納奥、少し高くなったサイドテーブルの下にゴミ箱を隠すという小さな工夫も。
意味を重ね合わせて、ひとつの場所をつくる。そんな“ダブルミーニング”的な考え方が、設計の基本にあると根本さんは話します。
足元を彩るのは、カカオを練り込んだリノリウム。深い青色が、無機質なコンクリートと温もりのある木材をつなぎ、空間全体にやわらかな調和をもたらしています。
「コンクリート以外の部分は“家具”の延長のように捉えていて。だから、床にも家具に使われる素材を選びました」ひとつひとつの素材を丁寧に選び抜いていることが、こうしたエピソードからも伝わってきます。
奥様からの要望は「キッチンを中心にしたい」「散らかってもすぐに片付けられるように」という二点。
その思いに応えるために、キッチンは対面型とし、調理をしながら家族の様子を見渡せるように。さらに、手元を隠す木の造作を設け、カウンターデスクとしても使える設計にしました。天板下にはパソコン収納を備えるなど、暮らしを見据えた細やかな心遣いが随所に散りばめられています。
また、西六の家の照明のほとんどは、オリジナルブランド「monon」のもので3Dプリンターで作られた一点物。
「この家の構造をモチーフにしたいと共同代表の照明デザイナーと話し、竹のように節をもちながら縦に伸びていくようなデザインにしました」というペンダントライト。素材はペットボトルに近いPETGを使用。強度がありながら透明感と様々な色があります。
反対側の三角の屋根裏は、上がれる仕様に。「どこから登るんだろう?」と不思議に思い尋ねてみると……
なんと、本棚の間に差し込まれたタモ材が階段の役割を担っていました。
水まわりの天井には、大きな丸穴がぽっかり。柔らかな光が降りそそぎ、ふと見上げれば三角窓越しに広がる空や、ひょっこり顔を出す家族の姿が。楽しい風景が広がります。
吹き抜け周りの手摺りは、デスクとしても使えるように設計されています。玄関を開けて、まず「こんにちは」と顔を合わせる場所をそのまま仕事場に。内覧会の際には受付としても大活躍したのだとか。
天井のガラススリットは、2階のリビングスペースにつながっていて、作業をしながらでも上階の家族の気配を感じられるようになっています。
各階や部屋が独立しつつも、全体として一体感をもつように。そんな思いから、上下階をつなぐ抜けを空間の中に散りばめています。
地下はこれまで、展示会をしたり子どもたちの遊び場にしたり、特に用途を決めずに余白として使っていました。ですが、最近、家族が増えたことで、そろそろ子ども用のスペースをきちんと整えようかと考えているそうです。
外側をコンクリート、内側の床や壁は木造という内外の構造の違いが、地下をのぞくとよくわかります。
なぜ、裏手にも玄関を設けたのか尋ねると、「あとからコンクリートに穴を開けるのは難しいから」と根本さん。自分たちが住み続けるためだけでなく、将来的に住み手が変わっても柔軟に対応できる建物にしたかったと言います。
手摺りや踏み板のひとつひとつにまで、細やかな設計の意図が感じられます。
コンクリートの壁のずっしりとした風合いが、まるで洞窟のような雰囲気を漂わせる、おこもり感が心地よい落ち着く寝室。
コンクリートに木の床をのせているだけ、という印象を残すために、ベッドへのアプローチ部分はあえてコンクリートのままにしたそうです。
建物の構造から空間のあり方、素材、家具や手摺りなどのディテールに至るまで、様々な観点から丁寧に考え尽くされていることが、空間から見て取れます。その配慮は、現在の暮らしに留まらず、いつかこの家を受け継ぐ“見知らぬ誰か”の心地よさにまで及んでいます。
こうした検討の積み重ねのおかげで、日常の些細な時間さえも豊かに感じられるようになっているのだなと、改めてしみじみ感じました。
最後に根本さんに、家の中で一番好きな場所を伺うと、「やっぱりリビングのソファですね。深く腰掛けて三角窓を見上げると、空しか見えなくなるんです。それがすごく気持ち良くて」そう笑いながら教えてくれました。
株式会社mast一級建築士事務所
生活を楽しく豊かにするための「問い」を立てて、その問いの柱を丁寧に形をつくっていくことを目指す設計事務所。 家具や照明器具などの手に触れることが多い部分を丁寧に、新築の住宅やホテルの大きな空間を緻密に設計することを得意としています。 オリジナル照明器具を製作するmononの共同代表も務めています。
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