みなさんはどんな時に音楽を聴きますか? 朝のコーヒータイム、通勤中の車内、料理やお掃除をしながらや、寝る前のくつろぎタイム……。それぞれ、音楽があると豊かな気持ちになる瞬間が、暮らしの中にあると思います。

今回ご紹介する「BaumQuhen Records」は、マンションの一室にあるレコードショップであり、施主である店主夫婦の住まいでもあります。「音楽は生活に根差し、生活を豊かにする」というお店のコンセプトを体現する場所を、リノベーションでつくり上げました。

「BaumQuhen Records」は、レコードやカセットテープ、雑貨をオンライン販売しながら、予約制で家をリアルショップとしてオープンするスタイルで営業しています。

リアルショップのオープン日以外は、ここは店主夫婦の生活の場となるわけですが、ユニークなのは「お店」と「家」の境目がないこと! 生活の中で音楽を楽しむ。そんな暮らしを店主夫婦自身が実践しながら提案するべく、自分たちの暮らしをそのまま見せる「お店」にしているんです。

寝室・洗面室・浴室・トイレといったプライベート空間は閉じているものの、その他のスペースは玄関からキッチン、リビングダイニングまで、ひとつながりに。家中に音楽が届く空間になっています。

まさに「家がそのままお店」になっているのですが、家の中には「お店的な演出」がそこかしこに施されています。

そのひとつが、玄関とリビングをつなぐ幅約2mの廊下。玄関があって、細長い廊下があって、両脇に個室や水回りのドアが並んで、リビングへ。というのがよくあるマンションの間取りですが、このズドンとした“抜け”が、家だけど家っぽくない印象をつくり出しているように思います。

広々とした廊下には、冷蔵ショーケースやアンティークのミシン台が飾るようにレイアウトされていました。冷蔵庫とは別に、冷蔵ショーケースでドリンク類を見せながら保管するアイデアもお店的。

オーディオ機器やレコードを並べた玄関横のフリースペースもオープンな空間で、廊下を介して境目なくリビングダイニングへと空間が混じっていくような構成になっています。

リビングの一角が、ショップコーナーになっていました。レコード屋さんで見かけるようなレコードボックスは、オーダーメイドで作ったもの。キャスターが付いていて、お店として開放時やイベントの際には移動することができます。

間接照明で照らされたディスプレイウォールにも、レコードやカセットテープを陳列。細いリブ加工が施されたウッドパネルを貼って、鮮やかなイエローでペイントしています。リブがつくり出す陰影が綺麗ですね。

取り付けた棚板は薄いスチールプレートで、飾ったレコードが映えるようにしています。「ジャケ買い」という言葉がある通り、レコードってジャケットデザインも魅力ですよね。ここはショップコーナーではあるけれど、店主夫婦にとっては日常を過ごすリビング。お気に入りのレコードを日々眺めて楽しめるのは、うれしいポイントです。

スイッチにも、音楽を愛する店主のこだわりがキラリ。オーディオ機器のボリューム調整つまみに見えるのは、調光器。トグルスイッチとの組み合わせが一層メカっぽくて、用がなくてもついつい触りたくなりそうです。

「空間のメインは音楽」と言わんばかりに、ディスプレイウォール以外はシンプルに仕上げたリビングダイニング。お店としてここに訪れたお客さんも、ソファやダイニングで視聴ができます。自分の家で音楽を聴くような感覚で過ごせるわけです。

部屋全体を満遍なく照らすのではなく、各所にペンダントライトを吊るしてスポットで照らしているのが、カフェっぽい。ショップブースとリビングダイニングが一体になった空間に、コーナーごとの居心地を生み出しています。

ダイニングの壁には、レコードサイズで造ったニッチ収納もありました。レコード棚だとか書庫だとかフィギュア棚だとか、「◯◯専用の棚」って、憧れます。

家としての要素を隠しすぎず、お店的な演出に活かしているのもこの家の特徴。

玄関の下足棚は、棚板を斜めにセットして「見せる」収納に。隣のハンガーパイプは普段は夫婦のアウター収納として使いつつ、お店のオープン時にはディスプレイコーナーになったり、ゲストのアウターを掛けておくことができます。

キッチンも閉じずに、廊下に対してオープンな空間にしています。『オーダーキッチン天板』を使って、シンクとコンロを分けたⅡ型キッチンを造り、コンパクトなスペースにおさめました。

キッチンで目を惹くのが、立体的な形をしたアプリコット色のタイル。カラフルなファイヤーキングのマグたちが並ぶ埋込収納も、棚に外枠をつけることでディスプレイコーナー感を演出。生活感が出がちなキッチンを、「見せる」空間に仕立て上げています。

ブース感のあるコンロ側は、両サイドの壁に『塗装のキッチンパネル』のチタンシルバー、レンジフードには『フラットレンジフード』のブラックを採用いただきました。

こちらの洗面台も、廊下に対してオープンにレイアウト。角に丸みがある『ウェルラウンドシンク』に、丸形のミラーと円筒型の『ミルクガラス照明』を組み合わせて、直線的なブースの中に柔らかさを感じる空間をつくっています。よく見るとタオル掛けも『ステンレス丸座バー』で、丸モチーフでまとめられていました。

店主であるお施主様は「レコード屋とカフェを合わせた実店舗を開くことが夢だった」そう。さらにそこに「家」の要素も加えてつくり上げた職住一体の空間は、店主のすべてが詰まった場所、と言っても過言ではないかもしれません。

しかも、壁のタイル貼りや、寝室の床の塩ビタイル貼り、すべての壁の塗装は、下処理から仕上げまでを店主夫婦がDIYで行ったと言います。夢の空間実現への、思い入れの強さが伺えます。

いつでもどこでも音楽が流れる、ちょっと非日常な空間で過ごす日常。お茶を淹れたり料理をしたりといった当たり前の暮らしのシーンも、特別な瞬間に感じられそうです。

(写真:佐藤陽一)

※こちらの事例はimageboxでも詳細をご確認いただけます。

BaumQuhen Records

株式会社 HandiHouse project / ハンディハウスプロジェクト

合言葉は『妄想から打ち上げまで』。
設計・デザインから工事のすべてにおいて、施主も一緒に参加して作っています。
家づくりが趣味になれば暮らしも豊かになる。そんな思いで活動している建築家集団です。

AMP 森川尚登

内装設計と施工を手掛ける内装デザイナー。建築家集団・HandiHouse projectのメンバー。
https://www.instagram.com/mxrxkxw/

テキスト:サトウ

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