都内の賃貸マンションから、長年憧れていた海辺での暮らしを叶えるべく、湘南エリアに移住したEさん。
世界各地の旅先から持ち帰った雑貨や、ヨーロッパのアンティーク家具、日本の骨董品など、長い時間をかけて集めてきたお気に入りの数々。そんなたくさんの“好き”と暮らす場所として選んだのは、築50年超えのヴィンテージマンションでした。
その面積は118㎡。元々2つの住戸だったものを1つに繋げた珍しい物件で、「広さがある角部屋」というEさんが必須条件としていた希望にぴったりだったそう。
部屋をぐるりと囲むL型のバルコニーからは、海辺の街が一望できます。抜けのある景色も、この物件に惹かれた大きな理由でした。
リノベーション前の間取りは2LDK。それを、「素敵な“箱”さえあればいい」と、大胆にワンルームへと変更。キッチンを中心に、リビング、ダイニング、ワークコーナー、ベッドスペースをゆったりと配置しました。L型バルコニーからの景色が家の奥まで広がる、開放的な空間になっています。
内装づくりについては、「自分の好みに合う床と壁、そして好きな照明があれば、それだけで十分だと思った」とEさん。
居室部分のフローリングには、建築現場で使われていた足場板の古材をセレクト。板幅180mmの幅広材を使うことで、広々としたワンルーム空間の伸びやかさをより引き立てています。
「昔から、ピカピカの新品よりも味わいのある古いものが好きだったので、床材は絶対に古材と決めていました」(Eさん)
使い込まれた風合いのある床は、築50年以上というマンションが重ねてきた時間とも自然に馴染み、この住まいならではの空気感をつくっています。
壁は真っ白ではなく、やや黄味がかった白でペイントしました。空間にくつろいだ雰囲気が生まれ、使い込まれた足場板の風合いや、Eさんが集めてきた古い家具、ラグともよく馴染んでいます。
ゆったり広さを確保した玄関ホールの床は、シンプルにモルタル仕上げに。
型板ガラスをはめ込んだ木枠のパーティションは、古道具たちと揃えた濃いブラウンでオイル塗装しています。
玄関横に広がるフリースペースは、目地入りのモルタル床にしました。
ここは、旅の思い出を飾るギャラリーや、ゲストルームとして使う場所。100㎡超えならではの、ゆとりを感じる空間使いです。
内装材の種類を絞ったことは、面積が広いほど嵩みがちになる施工費を抑えることにも繋がりました。
ベッドスペースの奥にある、浴室&家事室とウォークインクローゼットを仕切るルーバー建具は、リノベーション前の部屋にあった建具をリメイクしたもの。ささやかですが、こうした既存利用もコストダウンのポイント。古いものが多いEさんの暮らしに、ヴィンテージな建具の佇まいがハマっています。
そうして全体のコストをコントロールしつつ、築古マンションゆえの設備の劣化や性能不足は、しっかりアップデート。今回のリノベーションでは、既存の内装を全て解体してスケルトンにし、いちから間取りと内装をつくり変えています。
老朽化していたサッシは、既存の窓枠の上から、新しい窓枠と窓を取り付ける「カバー工法」で高性能なサッシに交換。壁の中には断熱材を充填し、快適な室内環境を実現しました。
内装のベースは共通させつつ、場所ごとに異なる色や柄を取り入れて、Eさんならではの個性を感じる空間に仕立てているのも、この家づくりの特徴。
なかでも印象的なのが、キッチン横の壁に設えられた、幾何学模様のセメントタイル。Popham Designというセメントタイルブランドのもので、Eさんがモロッコから個人輸入しました。
セメントタイルのハンドメイド感と、ラワン合板で造作した木のキッチンの素材感が、空間に気取らない空気感をつくっています。
ステンレス製のキッチン天板と『フラットレンジフード』や、真鍮色のペンダントライトなど、金属の光沢をアクセントに添えることで、空間がほどよく引き締められています。
キッチンの床には、ムラのあるハニカムタイルを採用しました。
柄と柄の組み合わせは、ともすると“うるさく”なってしまいそうですが、古材の床に合わせたブラウンカラーのセレクトと、クラフト感のある素材で揃えることで、空間に自然なまとまりが生まれています。
家事室には、縦長変形ハニカムタイルを貼りました。こちらは鮮やかなエメラルドグリーンで、奥まった位置にある家事室に明るい雰囲気をつくり出しています。タイルの上端を直線で揃えず貼りあげているのがユニーク。
ゲストも使うパウダールームは、脱衣所から独立させて、玄関前に設けました。バーガンディ色の壁は、PORTER’S PAINTをDIYで塗装。均一ではない表情が、光を受けて印象的な陰影をつくっています。
この洗面所づくりの参考にしたのは、SNSで見かけたAēsopバルセロナ店。バーガンディ色とグレーで構築された店の内装に惹かれ、その空気感をマイホームに取り入れたのだそう。
洗面台の天板とふかし壁部分に貼ったモザイクタイルは、ざっくりとした素材感の目地材を合わせて、手仕事感のある仕上がりに。このタイルはレンガ舗装のパターンを模したもので、異国の街角を思わせます。
世界各地を旅してきたEさんらしい感性が現れた空間です。
トイレは、この住まいの中でもひときわ鮮やかな空間。壁に貼ったのは、Eさんが大好きだというハチドリが描かれた黄色の壁紙です。床は白と黒のハニカムタイルを組み合わせ、ポルトガル語で「乾杯」を意味する“SAUDE”という言葉を描きました。
「特に南米が好き」と話すEさん。現地では、原色同士を大胆に組み合わせた色使いもごく自然なもの。この住まいのカラフルな色使いや柄ものの組み合わせにも、海外で見てきた風景や旅先での体験が大きく影響しているそう。
こうしたEさんのキャラクターを感じる素材使いは、この家のリノベーション設計を手掛けたstraight design lab・東端桐子さんの、「愛着が持てるポイントをつくりましょう」という提案から広がっていったもの。自分の“好き”を素直に散りばめたことで、この家ならではの空気感が形づくられています。
Eさんの“好き”を映し出す場所はもうひとつ。リビングの壁一面に設けた、可動収納棚です。
ここは、Eさんが旅先で集めた雑貨や本、アートを飾るギャラリーコーナー。アラスカ、ボリビア、メキシコ、ブラジル、キューバ……さまざまな国で出会った思い入れのあるアイテムたちが、ずらりと並んでいます。
棚づくりに使った金物は、『ウォールディスプレイパーツ』。「サンセン材」と呼ばれる、メッキや塗装を施す前の生地状態の鉄材でできており、「ピカピカしていないものが好き」なEさんの好みから選んだそう。
『ウォールディスプレイパーツ』の棚受け金物はいくつか形状があり、今回は三角形状の「テーパー」をセレクト。厚さ3ミリのスリムな板材は飾ったものを邪魔せず、棚受けの高さもミニマルなので、棚板のどこにでも自由にものを置けるのが特徴。
「ここからここまでは○○のコーナー」ときっちり決め込まず、その時々の気分で自由に並べていく。そんな、Eさんらしい飾り方を受け止める棚になっています。
棚受け金物のレールを横断して棚板を付けたり、棚板の間隔を細かく取り付けてみたり。
可動収納棚の特徴を活かし、置きたいものに合わせて自由に棚板をレイアウトしているところにも、“こうあるべき”に縛られないEさんらしい感性が現れています。
118㎡という広さがありながら、持て余された場所がまったくない、どこを見ても親密な空間。そもそもEさんが住まいに広さを求めた理由は、「手放せないお気に入り」がたくさんあったからでした。
ハンス・ウェグナーのソファは、10年以上前に購入して以来、愛用しているもの。リビングに敷いたラグは、20歳の時に初めて訪れたイスタンブールで手に入れたそう。長らく倉庫で眠っていたものの、この家で広げてみると、サイズも雰囲気も驚くほどしっくり馴染んだと言います。
長い時間をかけて集めてきたお気に入りたちが自然と馴染んでいるのは、最初から、Eさん自身の“好き”を軸に空間をつくっていったから。
自分の“好き”だけで空間を満たしていく。そんな贅沢な家づくり。
間取りも、素材選びも、色や柄の組み合わせも。「こうあるべき」という誰かのものさしではなく、自分が心地いいと思える感覚を大切にして、空間を形づくっていく。
これまでの旅や出会い、時間の積み重ねが、隅々に息づいているこの家。自分のための空間だからこそ、とことん私的になっていい。そんな幸せな住まいの形が、この家にはありました。
撮影:橋本 裕貴
straight design lab / ストレートデザインラボラトリー
東京で活動する一級建築士事務所。建築の設計・監理、戸建て住宅やマンションのリノベーション、店舗デザインを行っています。
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