撮影:Tsubasa Kuroiwa

渋谷や中目黒、代官山、三軒茶屋といった東京を代表する人気エリアからも歩いて行ける距離にある池尻大橋。

周囲ほど「街のイメージがパッと浮かぶ!」という感じではないかもしれませんが、実際に街を歩いてみると、昔ながらの商店街や銭湯が今も残り、ローカルな空気感の中に個性豊かなカフェやショップが点在。ローカルとカルチャーが心地よく入り混じる、独特のバランスを持っていることに気づきます。

そんな池尻大橋の魅力を体現し、街に開きながら周辺地域との“ハブ”になることを目指してつくられたのが、この「大橋会館」です。

撮影:Tsubasa Kuroiwa

企業の研修施設を兼ねた宿泊施設だった築48年の建物を、池尻大橋を拠点に活動する多彩なクリエイターたちが参画しリノベーション。

元の建物名である「大橋会館」という名称をそのまま引き継ぎながら、1階にはカフェ・ワインバー・レストランとストア&スペース、2〜3階にはシェアオフィス、4〜5階にはホテルレジデンスとプライベートサウナが入る、“池尻大橋らしさ”がぎゅっと詰まった複合施設へと生まれ変わりました。

今回は、建物全体の建築意匠設計を手がけたmastの根本さんにお話を伺ってきました。

撮影:Tsubasa Kuroiwa

「OHKK(大橋会館)」のロゴが浮かぶ、遊び心あふれるフロア案内板。解体の痕跡をそのまま活かした荒々しいゲートが独特の味わいを添え、エントランスに足を踏み入れた瞬間から、空間への期待が高まります。

利用者同士のコミュニケーションが生まれることを狙った共有ラウンジ。建物の“交差点”という位置付け。(撮影:Tsubasa Kuroiwa)

2・3階は、個人でもチームでも、規模に応じてフレキシブルに利用できるシェアオフィス。

24時間利用可能な共有ラウンジは、使い方もさまざま。ひとりで集中して作業したり、みんなで打ち合わせをしたり、スタンディングカウンターでサッと軽く作業したり。その日の気分や仕事のモードに合わせて、自由に過ごせる空間が広がっています。

限られた条件の中でどう空間の質を高めるか。残すものと、新たに加えるもの。そのバランスを丁寧に探りながら、空間づくりが進められた。(撮影:Tsubasa Kuroiwa)

家具は全てヴィンテージを中心にセレクト。どの椅子もテーブルも、それぞれに味わいがありながら、不思議と調和しています。あとから好きな椅子を持ち込んでも、自然と馴染む。そんな“寛容さ”を大切にした空間づくりを目指したそうです。

(左)スタンディングカウンターの天板を支えるのはステンレスの『棚受け金物』。(撮影:Tsubasa Kuroiwa)

柱のラインに寄り添うように、やわらかな光を落とす真鍮の照明。受付カウンターの上には、単管パイプをカットしただけのような、無骨な味わいのペンダントライトが並びます。これらの照明はすべてオリジナルブランド「monon」による特注照明。ありそうでなさそうな、ピュアなデザインが空間にさりげない個性を添えています。

ミニマムオフィスとして利用できる、個人事業主やフリーランス向けの専用デスク。(撮影:Tsubasa Kuroiwa)

共用のMTG ROOM。(撮影:Tsubasa Kuroiwa)

2部屋が1セットになった、オフィス機能+αな使い方ができるスタジオ区画。(撮影:Tsubasa Kuroiwa)

ホテルレジデンスエリアにも「ラウンジ・コリビング」と名付けられた利用者が自由な交流を楽しめる共有ラウンジが。(撮影:Tsubasa Kuroiwa)

4〜5階は、ホテルレジデンス。「泊まる」と「住む」が一体化した新しいカテゴリーの住まいで、外部からの宿泊予約できるだけでなく、居住契約して暮らすこともできます。

ユニークなのは「帰らない日は家賃がかからない」という仕組み。外泊する日はホテルとして貸し出され、その分の家賃が減額されるようになっています。旅と暮らしを行き来するような、今の時代にあった住まい方ができる場所。

既存の壁の跡をあえてそのまま残した室内。建物が歩んできた時間の痕跡が、空間に味わいを添えています。(撮影:Tsubasa Kuroiwa)

広々としたキッチンでみんなと料理やお酒を楽しんだり、ダイニングテーブルを囲んでわいわい盛り上がったり。ソファに腰かけて、ひとりで読書や仕事に没頭する時間があったり。

入居者それぞれの自由な過ごし方を受け止めながら、自然と交流が生まれる――そんな居心地のいいリビング空間に。

撮影:Tsubasa Kuroiwa

撮影:Tsubasa Kuroiwa

撮影:Tsubasa Kuroiwa

お部屋は全61室あり、ミニマルな設備の「ルームA」とソファや作業スペースを備えた「ルームB」の2タイプ。ベッドの下に施錠可能な収納が用意してあるので、貸し出し時も安心。

広めのルームBには壁収納が。扉には腰壁と揃えたオークの『木のつまみ』があしらわれています。(撮影:Tsubasa Kuroiwa)

白壁に飾られたアート。壁の下地を額縁のように見立て、作品がより引き立つよう一工夫。(撮影:Tsubasa Kuroiwa)

5階にはプライベートサウナも。天然由来成分100%のエッセンシャルオイルによる香りと、12分計にあわせて制作されたオリジナル音楽で、ディープで心地よいサウナ体験を楽しめます。

空間の広がりを感じられるよう壁は円弧にし、大橋会館を象徴する色を配することで、一体感と印象的なアクセントをプラス。水風呂はグレートーンでまとめて静かで落ち着いた雰囲気に。

撮影:Tsubasa Kuroiwa

撮影:Tsubasa Kuroiwa

多くのクリエイターが関わるプロジェクトにも関わらず、驚きだったのは「コンセプトを決めない」という設計方針。

コンセプトに縛られず、「地域のためにこの場所はどうあるべきか」「どういう人たちに集まってもらいたいか」といった問いだけを共有しながら設計を進めたことで、予想だにしないアイデアが次々と生まれ、個性豊かな空間へと育っていったのだそう。

まさにミックスカルチャーのある池尻大橋らしいアウトプット。この建物をきっかけに、街にどのような変化が生まれていくのか楽しみです。

 

<大橋会館>
空間ディレクション:swarm
建築意匠設計:mast 一級建築士事務所
内装設計(リビング・ラウンジ):& Supply
内装設計(客室):Spicy Architects
建築設備設計:SPACE PARTNERS
照明計画:monon
植栽計画:Yard Works
外構設計:DDAA
サイン計画:大西 真平
施工:SPACE PARTNERS
<1階 カフェ・バー・レストラン Massif>
内装設計:DDAA
<1階 ストア&マルチスペース CEKAI>
内装設計:DDAA
公式WEBサイト:https://ohkk.jp/

株式会社mast一級建築士事務所

株式会社mast一級建築士事務所

生活を楽しく豊かにするための「問い」を立て、その答えとなる空間を丁寧に形づくる設計事務所。
家具や照明器具などの手に触れることが多い部分を丁寧に、新築の住宅やホテルの大きな空間を緻密に設計することを得意としています。 オリジナル照明器具を製作するmononの共同代表も務めています。

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