神奈川県川崎市を走る南武線の「宿河原駅」から徒歩10分。
住宅が密集するエリアにありながら、個々の部屋の広がりを感じられる、全4戸の集合住宅「宿河原テラス」が完成しました。
建物のオーナーは、この賃貸住宅の設計者のお父様で、近所で子ども向けの塾を運営しています。当初は単身者向けの1Rの間取りで検討していたそう。ですが、30年以上に渡って地域の子どもたちを見守ってきたお父様の「この地域では子どもの数が減っていない」という実感を受け、ファミリー向けの住まいを計画することに。子どもが成長しても長く住み続けられるように、すべての住戸を2LDKの間取りで構成しています
4戸とも募集情報上の専有面積は50㎡となっていますが、実際の空間で感じられる広さは、それ以上。というのも、建築基準法では一定の天井高や床面積などの条件を満たした「ロフト」や「屋外の専用テラス」などは延床面積に含まれないため、数字には表れない“プラスα”の空間があるんです。
この物件では、そのルールを上手に活かしながら、各住戸にロフトやテラスを取り入れることで、限られた面積の中でも空間にゆとりを生み出しています。実際に部屋に入ったときに、「あれ?思ったより広い!」と感じてもらえる工夫が詰まっています。
早速見ていきましょう。
まずは開放的なテラスとリビングがひと続きになった空間から。
一見すると掃き出し窓のように見える大きなサッシですが、実はこれが玄関なんです。一般的な「玄関 → 廊下 → 居室」という間取りでは、移動のためだけの廊下スペースが生まれてしまうのがもったいないと、サッシを玄関扉として採用し、玄関扉を開けるとすぐリビングに入れる設計に。テラスとの一体感のおかげで、面積以上の広がりと明るさを感じられる空間になっています。
そしてリビングの天井高は3.7m。隣接する寝室の上にロフトを設けることで、リビングの天井を最大限高く確保しています。天井高さを活かして高窓を取り入れ近隣からの視線を遮りながらも、ふんだんに陽射しが入る明るい空間になっています。
壁はグレー色の塗装ですが、実は住戸ごとに異なる光の入り方に合わせてやわらかく見えるように、同じグレー色でも濃淡を少しずつ変えて選ばれているんだそう。
「どうすれば心地よく住んでもらえるかを考え、リビングとテラスをつなげることで開放感と自由に使える余白をつくり、リビングの延長として楽しめる“リビングテラス”をつくりました」と話すのは、この賃貸住宅を設計した百武けやきさん。
リビングとシームレスに繋がったテラスは、洗濯物を干すことはもちろん、グリーンを育てたり、読書をしたりと、住まい手が自分らしく過ごせる空間になっています。
玄関を入ってすぐ右手にあるのは、『オーダーミドルキッチン』。
木の躯体現しや 無垢フローリングの温かみのある床に、バーチの面材がよく馴染みます。薄いステンレスの天板は「設備感」が出すぎず、並べた家具とも相性がいいのが特徴です。
間取りはファミリー向けですが、キッチンは幅1500とコンパクトなサイズ感。
百武さんが以前住んでいた高円寺のアパートにも同じサイズのキッチンがあり、住民たちとも「このサイズで十分だね」と話していたのだそう。住み手が自由に工夫できるちょうどいいサイズだと考え、この寸法に決めました。
こちらの部屋の入居者は、キッチン横に無印良品の棚を置いて、自分仕様にアレンジしています。
キッチンのタイル壁部分はふかし壁になっていて、調味料や調理道具置き場としてはもちろん、好きな小物や植物など、自由に飾って楽しめるスペースになっています。
また、扉の開き方を選べるのも『オーダーミドルキッチン』の魅力。今回は現場カスタマイズで、『溶融亜鉛メッキの把手』を取り付け、タオルを掛けられる仕様に。お気に入りのタオルが空間を彩るインテリアの一部に。
レンジフードは、ステンレスのキッチン天板に合わせて、ステンレスの「フラットレンジフード」を採用いただきました。レンジフードに強力な磁石をくっつけて鍋を引っ掛けるという、住まい手のアイデアがちらり。
リビングの吹き抜けには、構造体の柱と梁がクロスして走っています。梁にはライティングレールが埋め込まれており、家具のレイアウトを変えたくなった時も、照明の位置を自由に調整できます。また、ライティングレールに取り付けられる吊りフックを使えば、グリーンを吊るして空間に彩りを加えることもできます。
次は、洗面空間。洗面台の天板にはファニチャーリノリウムを使用。小口部分にはクリア塗料を3度塗りすることで、水がかかってもお手入れがしやすいように配慮されています。
また、洗面台に合わせて選ばれたのが、『棚付きボックスミラー』。棚にはお気に入りのアイテムを飾ることができ、ミラーの裏には隠したいものを入れてすっきり仕舞える収納スペースが広がります。
寝室にも、暮らしを楽しめる“余白”がたくさんあります。
たとえば、ベッドの上の棚。ちょっとしたことですが、本を並べたり、写真を飾ったりと、「何を置こうかな」と想像するのも楽しい。
さらに寝室の横には、カウンター棚一枚分のコンパクトな作業スペースも。家族で一緒に過ごす空間とは別に、こうした“こもり感”のある場所があると、自分だけの時間を過ごせるのが嬉しいですね。
賃貸住宅では珍しく、木の素材がふんだんに使われている今回の集合住宅。
そこには、オーナーさんの想いが込められています。
「自分たちが住みたいと思える家をつくりたいし、そう思ってくれる人に住んでもらいたい。建物の価値や素材の風合いを好きになってくれる人なら、きっと家を大切に使ってくれると思う。そんな人に出会えたら、住まいにも愛着を持って暮らしてくれるはず。それが一番理想的です」
賃貸管理は、設計を担当した百武さんとご主人が自主管理で行っています。入居者の選定もおふたりで直接対応し、お一人お一人とお話をしながら丁寧に進められたそう。
2024年8月に募集を開始し、ありがたいことに募集開始と同時にたくさんの方からご応募をいただき、現在は全て満室とのこと。
「将来的には、住人同士が自然に顔を合わせ、ご近所付き合いが生まれるようなコミュニティができたら嬉しい」と、百武さんは言います。
賃貸でも、自分らしい暮らしができる場所。
こんな住まいがもっと増えていったらいいな、と思わせてくれる、素敵な事例でした。
石井航建築設計事務所
“考えること・共有すること・カタチにすること”がコンセプトの設計事務所です。
高円寺の事務所には、つくり手の想いを届ける植物雑貨店「いちまるいち」が併設されています。
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