バブルの波に乗ってマンション建築数が増加したのが1980年代。それから40年以上が経ち、市場に出てくる中古マンションは年々、築年数が上がっています。公益財団法人東日本不動産流通機構の「首都圏不動産流通市場の動向」によると、2024年に新規登録された首都圏中古マンションの平均築年数は30.22年。2019年の同調査では平均築年数が25.84年と、経年化が進んでいます。

そんな中、築42年の中古マンションを購入したお施主さま。組織系設計事務所に勤めており、リノベーションの設計はご自身で取り組みました。家づくりのテーマに掲げたのは“アップサイクル”。「本来なら捨てられるものに、新しい価値や用途を与えて生まれ変わらせる」という考え方です。

「今だと築40年のマンションは“築古”という印象を持たれがちですが、中古マンションが今後も増えていったら、20年後には築60年くらいになって初めて“古い”と感じられるようになるのかもしれません。一方、戸建てでは古民家が“古き良きもの”として受け入れられる価値観がありますが、中古マンションにはそうした見方がまだ根付いていません。既存の素材や要素をできるだけ活かすマンションリノベに、価値観を広げる可能性があるんじゃないかと思ったんです」(お施主さま)

中古マンションのリノベーションといえば、一旦既存内装を全て撤去してつくり直す「スケルトン&インフィル」の考え方が一般化していますが、“アップサイクル”をテーマに掲げた今回の家づくりでは、「壊さない」が大前提に。元の4LDKの部屋割りをベースにしながら、開放的な2LDKに再構成しました。

出来上がったのは、「既存の要素」と「新たにつくった要素」が絶妙なバランスで混じった空間。

仕切られていたバルコニー側の2室は、建具を取り払って大きな1室に変更しました。大空間を緩やかにゾーニングする格子状の間仕切りは、かつての間仕切り壁のボードを剥がして、間柱を現しにしたもの。新たに造作したカウンターデスクの支持材としての機能も持たせました。

和室だった部屋は、表面にオークの板が貼られた『遮音フローリング』で床を仕上げ直しました。上写真の左が既存のフローリング、右が『遮音フローリング』のダークオーク。トーンを揃えつつ、あえて板幅を変え、ひといき暗い色を選んだのは、大空間が単調にならないようにという工夫です。

新旧ふたつの空間を調和させるもうひとつの工夫が、壁の上部をぐるりと走る間接照明。ヴィンテージ感がある濃色のフローリングとの相乗効果で、モダンな印象をつくり出しています。

壁上を走る棚は、コーナーの入隅をラウンドさせているのもポイント。細部に気を利かせたデザインが、躯体現しのままにした壁や天井のラフな雰囲気を中和しています。

かつては壁に囲まれていたキッチンゾーンも、「間柱現し壁」に。リビングダイニングや廊下とゆるやかに仕切りながら、光が差し込む開放的な場所にしています。

こちらの間柱には、棚板を添えて収納としての機能をプラス。グリッドの一列には、インターホンやスイッチ類を取り付けました。『アメリカンスイッチ』と調光付きスイッチ、インターホンと給湯のスイッチもまとめて、キッチンのそばに操作機能を集約しているのが使いやすそう。

キッチン側からは、抜け感たっぷりの眺めが広がります。スイッチ等の配線隠しに使ったスチール製ケーブルラックが意匠的なアクセントになっています。

「残す箇所と新しく付加する箇所が、ケンカせずに同調するように気を配った」と話すお施主さま。

間仕切り壁のボードを剥がした分、生まれた床仕上げと間柱とのあいだの隙間は、埋木を入れて同じ色味で塗装。キッチンとリビングダイニングの境目部分の天井も、同色で塗り上げた板を差し込んで、ボードを剥がした跡を隠しつつも、間柱の姿がしっかり見えるように仕立てました。

露出した電線管のワイルドさと繊細なおさまりのギャップがユニークです。

躯体現しにした壁と、ステンレスで統一した設備が、ソリッドな雰囲気を醸し出すキッチン。

コンロ側の天板は『オーダーキッチン天板』で、下部収納のないフロートスタイルにすることで、足元を広く感じさせています。梁の下にピッタリ付いているのは薄型が特徴の『フラットレンジフード』。硬質な素材感と軽やかなデザインのメリハリが効いた空間です。

一方のシンク側は下部収納ありのスタイルに。ボウルや包丁など、シンクのそばにあると便利な道具を収納できるようになっています。

シンクは、食器洗い用と食材処理用を使い分けられるダブルシンクを採用。L型レイアウトで作業スペースをしっかり確保しつつ、廊下とリビングダイニングのどちらにも抜けられる動線も確保しました。

無骨な見た目とは裏腹に、使いやすさを丁寧に考え抜いたキッチンです。

ちなみに古い物件だと耐震性も気になるところですが、こちらの物件は地盤が硬い立地にあったことと、物件資料や竣工図面を調べて、旧耐震ながら新耐震同様の構造を採用していることを確認してから、購入を決めたそう。

挑戦的なトライと堅実な目線が同居した、“新しい中古マンションリノベのスタイル”を感じさせる住まいを完成させたお施主さま。ところが、お仕事の都合で転勤となり、残念ながらこの家には実際に暮らすことなく売却されることに。現在は新しい方がお住まいになっているそう。お施主さまが再び「マイホームづくり」に取り組む際には、どんな挑戦と工夫が生み出されるのか。その続編が見られる日を心待ちにしています。

撮影:國友拓郎

テキスト:サトウ

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