夫婦+子供1人のファミリーが選んだ住まいは築40年の団地の一室で、面積は約57㎡。壁式構造の建物で、住戸内にある壊せない構造壁によって、4つに空間が分けられた間取りでした。

間取りを変えることができない中、リノベーションの手掛かりにしたのは、「日常的な使いやすさよりも、生活の要素が少ないことで得られる気持ち良さを優先したい」という施主の声。その意向を反映してつくられた空間はとてもすっきりしていて、余白すら感じる住まいになっています。

4つの空間のうち、ひとつは玄関と水まわり。モルタル床の玄関ホールは、サニタリースペースを兼ねています。ガラス壁の向こうはバスルームで、窓からの光が白い空間を満たし、まるでライトボックスのよう。

洗面器は、施主の「手洗い器サイズでいい」という希望を受けて最小限のサイズのものに。エッジの効いた四角いボックス型で、洗面器らしさのない佇まいです。その右横の壁にぽつ、とあるのは、トグルスイッチ。プレートをなくして壁に埋め込むことで、アートピースのような存在に仕立てています。

お風呂はギリギリまで広さを確保できるよう、ユニットバスではなく、在来工法でつくりました。トイレとの間には壁を立てずにカーテンを設置。どこまでがトイレで脱衣所で浴室なのかを曖昧にする仕切りで、空間を拡張しています。

露出した配管の隣に吊るしたフロアランプは、アッキーレ・カスティリオーニがデザインした「PARENTESI」。奥にはミゲル・ミラのフロアランプ「CESTA」が置かれています。色と素材が絞り込まれ、直線で構成されたギャラリーのような空間に、名作照明がよく似合います。

2つめの空間は、大きな作業台兼収納を備えたキッチン。作業台兼収納のリビング側は一部がオープン棚になっていて、お気に入りの器たちを陳列しています。

オーダーキッチン天板』を取り付けたキッチンの壁面は、『水彩タイル』のボーダーを横長に貼り付け。キッチン上には、『フラットレンジフード』と高さを揃えて棚が取り付けられていて、水平に広がるすっきりとした視界が気持ちの良い空間です。


それにしても、冷蔵庫は一体どこに?と思ったら……

作業台の中に、小型の冷蔵庫と冷凍庫がビルトインされていました。確かに、冷蔵庫やキッチン家電は、生活感を感じやすい要素。縦型の冷蔵冷凍庫をパントリーに置いたり扉で隠すケースもありますが、小型を選べばこんなキッチンも可能になるんですね。

オーダーキッチン天板』の下には、ミーレの洗濯乾燥機が組み込まれていました。生活の要素だけでなく、炊事と洗濯の家事動線もミニマルにしています。

キッチン横の窓辺に造作した窓台は、物を飾ったり、腰をかけることもできる場所。普通だったら冷蔵庫を置いてしまいそうなスペースも、あえて空けたままにしてお気に入りのスツールを置いているところに、住まい手の徹底した美意識を感じます。

キッチンの向かいには、第3の空間・リビングが広がっています。床はチェリーのフローリングで、モルタル床の空間と居心地を変えました。他の空間同様に、リビングもとてもすっきり。その秘密はソファ後ろの壁面にあって……

壁のように見えていたのは、実は大きな引き戸!暮らしに必要な細々としたものたちは、ここに収納されています。それにしても、収納の中さえも「詰め込まれている」という印象がなく、整然としています。「自分たちの暮らしに最低限必要なものだけ持って暮らす」という施主の意思を感じさせます。

大きな白い引き戸の反対側を開けると、現れたのはデスク。ここではお子さんがお絵かきや勉強をしたり、書き物や裁縫仕事をしたり。リビングの一角にあるので、家族みんなが使えます。

生活感の露出を控えた白い空間に、人が暮らす場としてのあたたかみを添えているのが、各所に取り入れた木枠の建具たち。

バルコニーに面した窓は、内窓として『木製ガラス引き戸』を取り付けて、見た目のぬくもりを添えるだけでなく、断熱効果もプラスしています。

この家の設計を手がけたのは、『木製ガラス引き戸』の開発パートナーであるCamp Design inc.の藤田雄介さんで、今回使ったものはニヤトー材で造作。本来の『木製ガラス引き戸』はホワイトアッシュという白っぽい木で作られていて、特注対応はできないのですが、無塗装での販売なので、オイル塗装でこうした濃い色に着色することもできます。

4つめの空間は、将来2部屋に分けることを前提にして整え直した寝室。枕側の上部には、空中を利用して収納を造作しました。

この部屋にも木枠の建具があり、掃き出し窓に『布框戸』を設置して内窓に。こちらもニヤトー材を使った特別仕様で、販売品はスプルース材で作られている無塗装品です。

ガラスや板が入る部分に布を貼ってつくる『布框戸』。「布張りなしタイプ」は好きな布を張ることができ、この部屋ではレースカーテン代わりに白い生地を張り、外からの目線を遮りつつ、柔らかな光を取り込んでいます。

玄関ホールとキッチンのあいだにも、『布框戸』が使われていました。こちらに張ったのは、インド綿で織られた黒い生地。黒色で白い世界に緊張感を与えつつ、布ならではの質感や透け感が、直線的で硬質な空間に柔らかな印象も生み出しています。

「整理で不要なものを取り除き、適切な位置に、適切量を収納する」という整理収納のメソッドがあるのですが、この家の空間づくりはまさにそれだなと思いました。

暮らしで大事にしたいものやことを徹底的に見極め、限られた空間の中で、適切な位置に配置していく。そして、水平垂直のラインや、種類を絞った素材使いで空間を整えて、選び抜いたものや暮らしが映えるようにする。

家づくりとは、施主の意志力と、設計者のデザイン力、両方があって成立するものだということを、改めて実感させられる事例でした。

※こちらの事例はimageboxでも詳細をご確認いただけます。

(撮影:長谷川健太)

Camp Design inc.

建築家・藤田雄介による住宅・集合住宅・商業施設・オフィスの設計、家具デザイン・会場構成・インスタレーションなどを手掛ける設計事務所です。

「木製ガラス引き戸」「木のつまみ」「木のドアノブ」などの開発パートナーです。

テキスト:サトウ

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