元設計者×業界一のレンジフードおたくの挑戦

本体に照明もスイッチもない、ステンレスのシンプルなキューブ。横幅と高さが10mm単位でオーダーでき、最大幅1200mm、高さ900mmという巨大なサイズまでサイズオーダーできる「オーダーレンジフード」が完成しました。

一般的に流通しているレンジフードは、家庭用のコンロやIHヒーターに合わせた、幅600/750/900mmというサイズ展開。それよりもさらに大きいものがつくれるとどんないいことがあるか、想像がつきますか?

たとえば、天井高さのあるキッチン空間で、火元より1m以上離した位置にレンジフードを取り付けて、開放的な空間が実現できたり。吊戸棚や照明などとサイズをぴったり合わせて、一体的なデザインができたり。

いままで、「レンジフードをサイズオーダーしたい」なんて思ってこともない人が大半だと思いますが、「存在が邪魔だけど、しょうがない」「この微妙な隙間はしょうがない」と諦めていた部分が、サイズオーダーできることで解決されるんです。脇役的存在ながら、こだわりのキッチン空間実現の立役者となってくれる、そんな可能性を秘めたレンジフードです。

キッチンの幅と揃うよう、既製品のライン商品と合わせてレンジフードのサイズを設定した事例。高さも天井に合わせてオーダー。ダクトをすっきり隠しています。

構想から3年。オリジナル第一段の「フラットレンジフード」に続き、開発を担当したのはtoolboxで商品企画を行う椎野将志(しいのまさし)。

設計事務所で住宅・店舗の設計を行い、その後キッチンメーカーでキッチンの設計を経て、toolboxで商品企画を担当。今までの経験を元に、空間設計の立場から、「もっとこんなものがあったらいいのに」を実現するための商品開発を行っています。

「 軽やかに浮かぶ 」レンジフード開発への挑戦
「 軽やかに浮かぶ 」レンジフード開発への挑戦
「軽やかさ」にこだわった『フラットレンジフード』。開発担当者が込めた想いをご紹介します。

椎野担当のレンジフードは全部同じ角度で写真撮っておこう!と記念撮影。だいぶ見た目の貫録が増しました(笑)

そんな、椎野の頼れる開発パートナーが久保田光一(くぼたこういち)さん。

業界大手のレンジフードメーカーに長年勤務したのち、独立。国内外のあらゆるレンジフードに精通する、自他ともに認める“レンジフードおたく”。最新のものだけでなく、古いものにも学びがあると世界各地、古今東西のレンジフード写真をストックしたLINE一人グループのデータベースがあるのだとか。

久保田光一さん。イタリアの某レンジフードメーカーの日本法人の代表も勤めています。

今回の「オーダーレンジフード」は椎野が設計を担当し、久保田さんが製作担当として技術的な課題を解決しながら、一緒に形にしていきました。「オーダーレンジフード」商品化までの道のりについて、二人に話を聞きました。

キッチンジャンルの嫌われもの「レンジフード」をどうにかしたい

久保田さん

昔アンケートをとったことがあるんですが、レンジフードって、「キッチンの中でお手入れが嫌な箇所ランキング」、ダントツ1位なんですよ(笑)

椎野

(苦笑)。やっぱりキッチン設備だとコンロとかが花形ですよね。それに比べて……レンジフードって、存在が邪魔だし、見た目がうるさいし。能動的に選んで買う人ってすごく少ないと思うんですよね。キッチンの付属品と思っているというか。システムキッチンを買ったら、一体でついてくるもの、という認識。

でも、あの存在がキッチン空間を設計する時に、あー本当はもっとこうしたいのに…….という理想の状態の足かせになってることがあるのも事実。だから、「これなら買いたい」と思ってもらえるようなレンジフードをつくりたかった。

「いやーレンジフードって健気じゃないですか。嫌われながらも、ひたすら煙を吸って。だから僕、好きなんですよね」という、久保田さんの突然の告白に一同爆笑。

そもそもレンジフードって、もうそんなに進化のしようがない世界な気がするんですが……

久保田さん

一般的に、各メーカーさんはお手入れのしやすさ、自動でフィルターが洗浄されるといった清掃性か、センサーがついて、コンロと連動して勝手にスイッチがつくなどの操作性、その2方向を追求しているケースが多いですよね。

あとは、デザイン性ですか。ヨーロッパ、イタリアのメーカーとかは、すごく面白いのがいっぱいあるんですよ。まだまだやれることはあると思ってますね。

椎野

もう清掃性とか、そういうのは大手メーカーさんに任せて、僕は設計の困りごとを解決することに特化したものをつくりたかった。

設計者からすると、キッチンは造作でデザインできるけど、レンジフードはつくれないもどかしさがありました。かといって、既製品は質感やスイッチのデザインが気に入らなかったり。理想のキッチン空間をトータルでデザインする時に、レンジフードだけは手が出せない、設計できる余地がない存在だったんです。

「こうあるべき」というバイアスが自由を邪魔していた

今回、開発を進める中でターニングポイントになったのは、どこでしたか?

椎野

サイズオーダーできるものにしたいということは最初から決めていて。

色オーダーもやりたいとは思ってたけど、やはり納期の問題とか色々あって、ステンレスだけでいこうというのは、わりと初期に決まりました。

やっぱり、大きなポイントはスイッチと照明を本体からなくしたことですかね。はじめは、当たり前のようにスイッチと照明もありきで絵を思い描いてたんです。

ただ、レンジフードの横幅が50cmのものと1m以上のサイズのものだと、スイッチも左右どっちにあるといいかが違ってくる。1m以上になるなら、照明も左右2ヶ所欲しいよな、手前と奥はどっちにあるのがいいんだ?とか、どんどん設定が複雑になってくるので、思いきって両方なくしてみたんです。

久保田さん

僕も、やっぱり前職時代からずっと量産タイプのレンジフードをつくり続けてきたんで、「スイッチはあったほうがいい」っていうバイアスがすごくありましたね。

昔、公団(いまのUR)の団地で、本体にスイッチのないモデルというのが存在したんですが、それはもうマンションの決まりごとみたいな制約の中だったので、ありだったと思うんですが。

久保田さんが昔見たことのある、とある公団のキッチン。レンジフードのスイッチは、左の壁についています。

壁付けのレンジフードのスイッチ。今でも、浴室の換気扇だけはこういうスイッチで操作しますね。

椎野

ただ、スイッチと照明を本体からなくしてみたことで、自分たちが想像していた以上に、吸い込みの能力もあがったし、逆に使い勝手がよくなったと、よろこんでくれる人がいることが分かったんですよね。

椎野

この写真の事例は、「とにかくレンジフードをキッチンに立った時に視界に入れたくなかった」という、吹き抜けが気持ちいい新築戸建てを建てたIさんのお家。Iさんとは、家の計画中にショールームにいらしてくれた時にたまたま出会いました。当時は試作をつくっている段階だったんですが、レンジフードに関するそんなニーズを色々聞いていく中で、試作品を導入いただくことになって。

レンジフードをコンロ上から1150mmと高めに吊るしつつ、スイッチはキッチン本体の脇に設けてます。

キッチン右側面につけたスイッチでレンジフードを操作できるようにした。(注:写真のレンジフードは試作品のため整流板の形状が実際のものと異なります)

椎野

Iさんご夫妻は旦那さんの背が高くて、奥さんは背が低いから、本体のスイッチに手が届くようにとバランスをとった位置にレンジフードを設置してたら、吹き抜けの良さが活きないすごく邪魔な存在になってたと思う。

現地で特別に煙捕集試験もさせていただきました。

椎野

あと、2023年の春に完成予定の介護福祉施設でも「オーダーレンジフード」を導入してもらうんですが、そこはスタッフの方と高齢者の方が一緒にキッチンを使うこともある場所で。

設計の段階から、「本体スイッチだと高齢者の方が位置が高くて使いにくい」という問題が解決すると、このレンジフードの存在をすごく喜んでもらえました。こういう可能性もあるのかと、自分でも視野が広がりました。

久保田さん

本体の底面に照明が組み込まれているタイプが一般的ですが、あれ、煙を吸うことだけを考えると、そのスペース分がデッドスペースになるんですよね。

なので、最終的に照明もなくなったことで、本体の縁ギリギリに整流板の隙間を回すことが出来て、それが煙のグリップ力向上にも大いに貢献してくれています。

下から見上げたところ。

コンロ上、高さ1200mmでも驚きの吸い込み力をマーク

試作段階から、何度も煙捕集試験を繰り替えしてきましたが、インタビューを行ったこの日は発売前の最終試験。

「オーダーレンジフード」の幅500mm、幅1000mmの2種を、コンロ上の設置高さ800mmと1200mmの2パターンに替えて、煙捕集試験行いました。

一般的にレンジフードメーカーの試験は、設置高さをコンロ上800mm / 850mm で行うことが多いらしく、1200mmというのはかなり驚異的な高さなんだとか。

実際は煙が見やすいよう、ベースの明かりを消して実験を行いました。レンジフードはW500mmと1000mmでテスト。写真はW500mmのもの。

実際にどれだけ煙を吸い込んだのか目視で確認し、煙の捕集率を全部吸ったら100%として評価点をつけていきます。メーカーごとに何%以上を合格とするかの基準が異なるそうですが、80%以上で合格としているところが多いそう。

煙捕集試験のお供の線香「青雲」。モクモクする煙のあがりはこれが一番いいとお気に入り。

一度に線香10本ずつ、3分割に短くして燃やしていきます。

気流が安定するよう、扉も全て目張りした機密性のある部屋の中でひたすらお線香を炊き上げること約3時間半。

結果は、コンロ上1200mmというかなり攻めた設置高さでも、補集率90%という驚異の数字をマーク。ちなみに、整流板なしの場合は補集率は60%。整流版がないと、一瞬、フードの箱の中に煙が吸い込まれたように見えるのですが、すぐに箱の中で跳ね返って、脇にこぼれ出ていきました。やはり窓の隙間風と一緒で、整流板との隙間が細いほど、より強力に煙をグリップできることがよく分かりました。

さらに詳しい試験の結果はこちらも合わせてご覧ください。

オーダーレンジフードの幅と設置高さはどう決める?煙捕集の比較試験やってみました
オーダーレンジフードの幅と設置高さはどう決める?煙捕集の比較試験やってみました
幅が1200mmまでオーダーできる「オーダーレンジフード」。通常よりも高い位置に設置したい時、しっかり煙を吸い込むのか?設計時の参考にしていただくための実験をしてみました。

試験が終わったらとっぷり日も暮れていました。「いやぁ〜よく吸ったなぁ〜」とコーヒーを飲みながらほっと一息。

15mm幅のエアグリップスリットにとことんこだわる

レンジフード底面についている整流板は、そもそも空気の流れを整え、吸い込みを安定させるためのもの。薄型のレンジフードが世に出てきた時に、登場しました。

整流板は、レンジフードの見た目をすっきりさせて、お手入れをしやすくさせるためのものだと思っていたんですが、それはあくまで副産物的な効果のようです。

15mmのエアグリップスリットが煙をしっかりグリップ。

ちなみに、「キューブ型レンジフード」もそうなのですが、一般的に整流板は、左右の脇にラッチがあり、そこを押すと整流板が取り外せる仕組みになっているものが多く、脇にラッチを設けると、必然的に指が入るよう少し広めの隙間を設ける必要が出てきます。

「オーダーレンジフード」は、この「エアグリップスリット」と名付けた隙間を15mm幅で四周均一に取り回すことにこだわったので、整流板のラッチも底面につけるタイプになっています。

お手入れの時だけこのラッチを触って、整流板と中のフィルター等を洗ってください。

全国にお届けします!

『オーダーレンジフード』は、横幅が最小500mmから最大1200mmまで、高さは250〜900mmの間でオーダーできます。最大サイズ、幅1200mm×高さ900mmは、床上に置いてあると笑えてくるレベルの巨大さです。

これまでtoolboxでは、レンジフードに限らず、サイズの大きな商品は工場で物理的につくれても全国へのお届けが難しいという、配送上の問題を抱えていました。ですが今回は最大サイズでも、北は北海道から南は沖縄の離島までお届けできる配送網を確保することが出来ました。

最大サイズを使って梱包方法の打ち合わせ中の様子。

椎野

レンジフードが煙をどれくらい吸ってるかというのは、お客さん側からすれば、過去の経験と比べるくらいしか目安がないと思うんですよね。どれくらい煙を吸って欲しいかというのは個人差もあると思うんですけど、今日の試験結果の動画を見てもらい、通常よりも高さを離しても大丈夫なんだという安心感と納得感を持って、使ってもらえたらいいですね。

最初にも触れたように、とにかく積極的に「選びたい」とも思われてこなかった「レンジフード」ですが、「オーダーレンジフード」によって、いままでしょうがないと諦めていた頭上高さの開放感を実現してくれたり、大人数で使うキッチンで複数の火元を大きなレンジフードで囲んだり、各所のサイズがぴったりに納まったキッチン上空の設計を可能にしてくれるなど、キッチン空間の設計に大きなこれまで以上の自由をもたらしてくれるでしょう。

「オーダーレンジフード」によって、いろんなキッチンシーンが生まれていくだろう期待でワクワクしています。

煙倍増編。健気に吸い込む様子をみてたら、レンジフードが顔に見えてきた撮影チーム。「擬人化してかわいいなと思い始めたら、もうこっち側だよ」と久保田さん(笑)

商品企画担当

椎野 将志

設計事務所にて住宅・店舗の設計を担当。その後、キッチンメーカーにてキッチンの設計に関わる。

2016年よりtoolboxにて商品企画、リノベーションの設計を行う。

ホワイトミニマルキッチン』や『木製システムキッチン』『フラットレンジフード』など、キッチンの商品開発を担当する。

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