(撮影:中村 晃)

パープルの床が一面に広がる空間に、ふわりと吊るされたレースカーテン。間仕切り壁の代わりにカーテンを「やわらかい壁」として使い、暮らしのシーンを緩やかに区切っています。

ここは、建築設計事務所・hyappoの木村寧生さんが妻と暮らす自宅。東京の千駄木にある53㎡の中古マンションを購入し、自身の設計でリノベーションしました。

(撮影:中村 晃)

窓外に広がるのは、スカイツリーも望む抜群の景色。部屋は東の方角を向いており、レースカーテンを活用した「やわらかい壁」は、この見晴らしと貴重な採光を部屋全体で感じられるようにと考え出されたもの。

以前は1LDKで区切られていた部屋は、間仕切り壁を取り払ってワンルームに。床は全面パープルのリノリウムで仕上げ、ひとつながりの空間にしました。

(撮影:中村 晃)

そんなワンルームをカーテンで仕切れるようにしているわけですが、“どこでもカーテン”の秘密はこれ。天井を、マグネットがくっつく溶融亜鉛メッキ鋼板で仕上げているんです。

布は軽いので、マグネットで十分固定が可能。天井高さは2.6mほどありますが、ちょっと椅子に立てば届く高さなので、いつでも気軽にカーテンを移動させることができます。

(撮影:中村 晃)

また、溶融亜鉛メッキ鋼板仕上げの天井のまわりにはライティングレールを走らせており、照明を各所に取り付けることができるようになっています。

壁や家具で区切られた場所が「コーナー」だと思いがちですが、実は“明かり”も立派な居場所づくりの手がかりになります。何もないスペースでも、その場をそっと照らす明かりがあるだけで、小さな「コーナー」が生まれます。

「カーテンで仕切る」と「明かりで照らす」の2つの方法で、ワンルームの中に居場所をつくり出せるようにしているのが、とってもユニーク!

(撮影:中村 晃)

“間取りを自由に変えられるハコ”に合わせて、造り付けの家具や収納は極力つくらず、“動かせる”ものを使っています。

今は一番眺望の良いコーナー窓の前にデスクを置いていますが、こちらにダイニングテーブルを移動して夜景を見ながらディナーをしてもいいし、窓前にソファを置いて日向ぼっこしながら休憩……なんてシーンも、思いついたらすぐに実現できる気楽さがいいですね。

(撮影:中村 晃)

窓辺に置いた寝床は、寝る時だけカーテンで仕切ったり、透け感を調整して目隠ししたりと、気分に合わせて変更が可能。そして寝床の場所を変えたい時は、マットレスを移動するだけ。間仕切り壁のないフレキシブルなワンルームと、フットワークの軽い“敷布団”の相性は最強かもしれません。

(撮影:中村 晃)

当然、クローゼットも“移動可能”。無印良品のユニットシェルフを使って、移動もカスタマイズも増設も、容易にできるようにしています。

LDK側からのクローゼットの目隠しには、遮光性能があるカーテンを使い、中身が透けない&服の日焼け防止も叶えています。

空間の使い方によって布の厚みやカラーを変えて、間仕切り方や印象を変えられるのも、カーテンによる間仕切りの良いところ。

(撮影:中村 晃)

空間を広く使えるよう、キッチンは壁付け型にしました。冷蔵庫とキッチン用品の収納スペースの手前には、グレーのロールスクリーンが仕込まれており、使わない時は隠せるようになっています。

鈍い輝きを放つメタリックなキッチンは、バイブレーション仕上げのステンレスで造作したもの。正面の壁部分も、同じくバイブレーション仕上げのステンレスで、これは、窓から入ってくる光を感じさせるための工夫。

(撮影:中村 晃)

独創的なダイニングテーブルも、同じ考え方から作られたもの。天板の土台と脚に使われているのはなんと、側溝の蓋などに使われる鋼製グレーチング。光や景色が映り込むガラスと、光が抜けつつ煌めくグレーチングを組み合わせて、“光の表情”を楽しめるようにしているんです。

(撮影:石川 司)

そんな、「光」に対する仕掛けが随所に散りばめられている木村邸。鋼板天井やステンレスキッチン、レースカーテンが光を拡散させて、その光を左官壁やリノリウム床がやわらかく受け止めます。

どこに目を向けても光と影を感じる、静かで穏やかな空間。時間や季節の移ろいを日常の中で感じられる、何気ない暮らしのシーンも、光がドラマティックに演出してくれる住まいです。

(撮影:中村 晃)

玄関とLDKの間仕切りも、洗面ゾーンの間仕切りもカーテンで。質感のある左官壁にそっと添えられた照明は、『モデストレセップ』。「明かりだけがほしい」という空間に似合う、静かな存在感が魅力の照明器具です。

(撮影:中村 晃)

カーテンの奥にも「光」を感じる仕掛けが。シナ合板で造作したトイレのドアと収納扉は、手掛け部分がメタリックカラーの三角になっていました。木村さんがDIYでカッティングシートを貼ったそう。

トイレのペーパーホルダーは、ステンレスパイプとステンレスバーを組み合わせて作られていました。ペーパーは、パイプの先にはめ込むだけ。パイプは手摺にもなる、なるほどなアイデア!

これは、かつてのこの部屋の持ち主がリノベーションした際に取り付けていたもので、メタルをキーマテリアルにした今回の空間にもぴったり!ということで、既存利用しました。

(撮影:石川 司)

「遊び心」を感じる仕掛けはLDKの壁にも。壁面の一部にも溶融亜鉛メッキ鋼板を貼って、マグネットを使ってお気に入りのアートや写真を気軽に飾れるようにしています。もちろん、光の拡散効果も。光と彩りを暮らしに添えるアイデアです。

(撮影:中村 晃)

この家を眺めていて思ったのは、「舞台のような家だな」ということ。緞帳(どんちょう)や幕が場面を切り替え、スポットライトが演者を際立たせながら、情景を浮かび上がらせるように、ここでは光と布が日々の暮らしを演出しています。

「間取り」に縛られず、気分や季節に合わせて変わり続けていく“舞台”は、住む人のクリエイティビティに刺激を与え続けてくれそうです。

hyappo

hyappo

株式会社hyappoは、木村寧生とイケガミアキラによる、新宿・百人町を拠点とする一級建築士事務所。建築設計・デザインと宿泊施設の企画運営を手がけ、「建築と、次の百年も歩む」をミッションに、時間とともに価値を育み、まちに永く貢献する建築を目指しています。自ら宿泊施設を運営する事業者の視点を生かし、事業主と並走しながら事業計画・収支計画にも踏み込み、空間を事業の武器へと変えていきます。

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テキスト:サトウ

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