賃貸住宅の内装にお使いいただくことも多いtoolboxのアイテム。大家さんはどんな思いで空間づくりに取り組んでいるのかを知りたくて、鎌倉にある築80年の古民家をリノベーションしたシェアハウス『甘夏民家』の大家さんにインタビューしてきました。

世界放浪の旅の末に行き着いたのは大家業

シャツの袖から鮮やかなタトゥーをのぞかせてコーヒーを淹れているのが、鎌倉の長谷にあるシェアハウス『甘夏民家』の大家、横山亨(よこやまとおる)さん。

インドを半年かけて自転車で走破したり、バイクで日本全国を放浪したり。かつてはバックパッカーとして世界中を放浪していたという横山さん。インドで出会った奥様との結婚を機に社会復帰するも、旅への欲求が尽きることはなく、「旅行資金を得るために」三井不動産リアルティに入社。その後、大家業に開眼し独立したという、ユニークな経歴を持つ大家さんです。

現在は渋谷・世田谷などに6棟の賃貸住宅を経営し、「旅する大家」のニックネームで不動産コンサルタントとしても活動。ノルウェーで出会ったフグレンのコーヒーに惚れ込み、『甘夏民家』に併設するカフェ『雨ニモマケズ』ではバリスタとしても活躍しています。

そんな横山さんが、「大家としての僕のこれまでをすべて注ぎ込んだ」と話すほどの物件が、『甘夏民家』です。

さまざまな素材がMIXされた個性派リノベ空間

漆喰塀と数寄屋門が出迎える外観は、鎌倉最古の神社と言われる「甘縄神明宮」の隣という、歴史ある土地に80年以上建ち続けてきた古民家ならではの貫禄を感じさせます。

しかし、建物内に入ると「由緒正しい古民家」のイメージは一変。

杉板貼りの天井に、古い梁。北欧のデザイナーズ家具に、フランスやイギリスのヴィンテージ照明や雑貨。アンティークなステンドグラスに、桜模様のサインペインティングが施されたエアコン…。そこに広がっていたのは、さまざまな素材とテイストがミックスしたオリジナリティが爆発した空間でした。

和のイメージがある杉板貼りの天井に合わせたのは、アメリカの工場で100年以上使い込まれた床板を再利用したフローリング。意外な組み合わせですが、時代を超えた家具たちがそうさせるのか、不思議と調和しています。

キッチンの素材使いもユニーク。タイルは、フランスの解体された家屋から引き上げてきたものだそうで、タイルが足りなくなった分は、ヴィンテージのティンパネルで埋めるという自由っぷり。丸太から切り出したままのような古材で作った棚も、なかなか思いつかない発想です。

ワイヤーラック』のアルミを水切り棚として使っている事例は初めて見ました。よく見ると、スイッチプレートもエイジング加工が施されています。

壁と天井に『スライスウッド』のオークを貼ったこちらのスペースは、打って変わって山小屋風。壁の一面やニッチ棚にはデッドストックのカラフルな壁紙が貼られています。

キッチンカウンターに貼られているのも古材のフローリング』。古材に残ったペイントと、上部に貼ったヴィンテージ壁紙やペンダントライトの色をリンクさせるというテクニックで、異なるイメージの素材をまとめ上げています。

使う素材も使い方も組み合わせ方も、フリーダム。まるで素材のテーマパークのようなこの空間は、どのようにして生まれたのでしょう?

大家である僕自身が心地いいと思える空間をつくる

「ここは、僕の好きなものだけを詰め込んだ場所。入居者に選ばれる物件になるためには、大家である僕自身が心地いいと思える物件にすることが大事だから」(横山さん)

横山さんがそうした思いを抱くようになったきっかけは、サラリーマン時代に初めて買った一棟の小さなアパート。そこで、家賃滞納や夜逃げなどのトラブルが続出したのです。

「管理会社が対処しきれなくなって、僕が直接トラブルに対応せざるを得なくなって。物件についたネガティブなイメージを拭うために、外観を直して、植栽をして、部屋にはアクセントクロスを貼ったり、家具を備え付けるなど、工夫を重ねました」(横山さん)

そうしていくうちにだんだんと入居者が入れ替わり、当初はゼロだった女性の入居者が半分を占めるようになったと言います。

「愛情を持って手をかけるほど物件の質が上がり、それが入居者の方にも反映されるということを、その物件で実感したんですよね」(横山さん)

それから改めて不動産について猛勉強し、よりよい賃貸空間づくりのために職業訓練校に通って施工技術まで取得してしまった横山さん。

これまでのエピソードからすでにお察しになられている方もいると思いますが、今回のリノベーションのプランニングと内装デザインを行ったのは、大家である横山さんご自身。古材フローリングの表面のやすりがけや、Lアングル鋼を使ったマガジンラックも横山さんの手によるもの。

「大家自身が心地いいと思える物件づくり」はシェアハウス部分にも反映されています。

こちらはシェアハウスの住戸。床はSPFの2×4材ですがラフテイストにまとめているというわけではなく、色壁紙や真鍮色のハンガーバー、海外から取り寄せた家具で、鎌倉らしい上質感とナチュラル感を感じられるようにしたそう。

窓辺には、「鎌倉の景色と光をやわらかく感じられるものを」という理由で『ガーゼカーテン』をお使いいただきました。

共用部の内装も、階段ホールを照らすヤコブソン・ランプ、壁にはデッドストックの壁紙、高さが2mもある各住戸のドア、廊下やトイレには『マリンデッキライト』など船舶テイストの照明が取り付けられ、住人の下足入れはアンティークのロッカー…と、個性的。

賃貸住宅というと、白い壁紙にペカペカのフローリングという内装が一般的ですが、この物件の「無難」とは程遠い冒険的な素材使いは、世界各地を旅してさまざまなものを見てきた横山さんの、「常識を超えることをやらないと発展はない」という信条から。

入居者の方は、ベンチャー企業に勤めていたり、起業している方など、ユニークなキャラクターの方が多いのだそう。ここを引っ越した後も、遊びに来る方もいるそうです。

「世の中にはたくさんの賃貸物件があるけれど、家賃の安さや駅からの距離や築年数ではなく、そこに住むことに価値を見出して選んでもらえる物件づくりが大事だと思っています」(横山さん)

横山さんが提案したいのは、無難な空間で送るありきたりな賃貸暮らしではなく、ここでしか得られない体験がある賃貸暮らしなのです。

お金以上に注いだものは「愛情」

とはいえ、これだけの多種多様な素材を使い、家具もヴィンテージ品づくし。賃貸住宅の内装が無難なものであることが多いのは、費用面も理由のひとつだと思いますが…。

「正直言って、お金と時間はすごくかかっています(笑)。実はこの物件を手にいれるために売った物件もあるくらい…。でも、金儲けばかりを考えた物件は、まわりにもそれを悟られてしまうもの。何よりこの古民家に出会った時、僕のこれまでに得たものすべてを費やしてでもこの物件を生かしたいと思ったんです」(横山さん)

もともとは、鎌倉に住みたいと思った横山さんと奥様が、自分たちの家と、自分たちのように鎌倉に惹かれてくる人たちのためのカフェをつくりたいと考え、物件を探している時に出会ったのがこの古民家だったそう。

しかし、自宅とカフェとして使うだけでは、建物規模的に再生費用の融資の借り入れが難しく、この古民家を残す方法としてたどり着いたのが、シェアハウスにすることでした。

「この古民家を僕が再生しなかったら、解体されて普通の建売住宅が数棟建っていたかもしれない。それでは街並みも変わってしまう。この街らしさを失わせないためにも、残すべき物件だと思ったんです」(横山さん)

そうして、シェアハウスとカフェとして再生されたこの古民家。建物内には玄関を別にして横山さん夫妻の住まいもあり、行政書士である奥様のオフィスも併設しています。奥様のオフィスには『ガーゼカーテン』と『アルミミラー』のキャビネットをお使いいただいていました。

「僕は、自分が好きなもの、自分にとって価値があると思えるものをつくりたい。それが、僕の物件に住む人の幸せにつながると信じているから。果ては地域の幸せにもつながると思っています。建物や入居者、地域への愛がないと、大家をやってる意味はないと思っています」(横山さん)

そう、大家としての信条を語る横山さん。横山さんのような大家がつくる賃貸物件が増えたら、賃貸暮らしがもっと楽しく、暮らす街もずっと豊かになりそうです。

(テキスト:サトウ / 撮影:渋谷)

  • 写真の「スライスウッド」は仕様変更前のものになります。現在販売しているものとはサイズが異なります。

こちらの家は、toolboxがつくった書籍『マイホーム 自分に素直に暮らしをつくる』の中でも紹介された家になります。

シェアハウス『甘夏民家』&カフェ『雨ニモマケズ』

※カフェのオープン状況は『雨ニモマケズ』のFacebookページよりご確認ください。

http://safaribcompany.net/gallery/amanatsu/

株式会社 Safari B Company

「旅する大家」のニックネームで、楽しみながら不動産賃貸業をする大家さん。
6棟の賃貸住宅を所有し、大家業の他、不動産コンサルタント・CAFEの経営も行う。

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