空港から海岸沿いを走るローカル線に乗り換えて、海を見ながら約二時間。ようやく目的のフェリーが停泊する港近くの駅までやってきました。到着してからずっと怪しい曇り空ですが、雨はまだ降らなそう。少し遠いけどフェリーターミナルまで歩くことにします。

埠頭の長い直線道路にて。トラックの隙間から見えた目的のフェリーは巨大で倉庫と見間違うくらいの存在感でした。

早朝だからかポツポツと釣り人がいるくらいで、まだツーリストの姿も無く静かな桟橋から海を眺めます。このすぐ裏手のフェリーターミナルで船を案内してくれる塩崎さんと合流します。

軽く挨拶を交わして、いよいよ船に乗り込もうと手すりを握ると、ジョリッとした感触が。あれ、この辺に砂浜なんてあったかな?と思い出してると、さっそく塩崎さんが教えてくれました。

「この白いつぶつぶ、みんな塩なんですよ。ここまでしぶきがとんできて結晶になっちゃったんですね。」

と言ってもここは水面から10メートルも高い甲板の上なのに…。

塩が鉄を簡単に錆びさせるのは周知の事実。船上はどうやら想像してたよりも過酷な環境のようです。

「海水を船の中に入れないためのつくりも面白いですよ。基本は蓋をする、かっちり締めるというシンプルな考え方なんですが。」と笑いながら甲板をぐるぐる案内してくれました。これでもかとレバーがたくさんついたドアや、蓋のついたダクト等どれもゴツくて重くて、見るからに丈夫につくられています。

「海の上では海水や潮風の影響で腐食のスピードが早いんです。例えば先ほどの手摺と同じ階にある入口の扉には『レバーハンドル』『サイレントフック』など、いくつかの『船舶ドアパーツ』が使われていますが、材料は主に真鍮やステンレスといった、腐食に強い金属を選んでいます」

観音開きの大きなドア。磨き上げられたステンレスが港の景色を映しています。きっと沖に出たら海と空が反射して、さらに美しい扉になるのでしょう。

近くに寄ってみると、メカメカしいパーツが取り付けてあります。写真のパーツは「サイレントフック」といって、開いたドアを固定しておくためのものですが、重そうなドアをしっかりとキャッチしています。そして形がカッコいい。

住宅のドアに付ける一般的なキャッチャーはなるべく目立たせないようなものを選びますが、このフックはドアのワンポイントにできる見せるドアキャッチャーとして使えそうです。

そしていよいよ船内へ。だまし絵のようにどこまでも続きそうな長い廊下はこの船が大きいからでしょうか、しかもどれもまっすぐの廊下です。

「緊急時にスムーズに通れるよう、カーブや凹凸が少ないようになってるんです。そのため幅も広めにとられているんですよ。」

そんなまっすぐな廊下に整然と並んでいるドアがそれぞれ客室になっています。入り口のレバーハンドルはカーブを描く形状が特徴的です。

「先ほど話した海水の他にもうひとつ、海上特有の影響として波やエンジンなどからくる『揺れ』があります。このレバーハンドルは揺れていても握りやすいようにデザインされているんです。ちょうどグリップエンドの曲がったところが引っかかって、スルッと抜けにくいレバー形状なんです。」

「それと、金属が触れ合う部分にはプラスチックのワッシャー(消音パーツ)を挟んで揺れによる摩擦を軽減するよう工夫しています。例えばこのフックの差込口に付いている白い部品がそうです。ぐっと押し込む感じで引っ掛けますが、遊び(隙間)が無いからカタカタ音がしません。」

バスルームドアの上部に取り付けてあるアジャスターも存在感がありますね。住宅用はもっとシンプルなものが多いように思います。

「これは扉の開き止めとして取り付けていますが、ダイアルを回すと好きな位置で固定できるような仕組みです。そのツマミの形状やスプリングの機械的な部分が見た目の特長にもなっていますね。」

「でも、最近の客室はホテルのようなつくりになっていて、使われるパーツも変わらないものが多いんです。」と塩崎さんはいいます。

そんな陸から海へ向かう潮流の中、toolboxは船向けにつくられたパーツを住宅でも使いたくて販売しているわけです。

取材中あらためて船をマジマジと見て気になったのは、窓や手摺だけじゃなく、あらゆるところに用いられている「丸」や「曲線」のフォルム。客船のフェリーは一見ホテルのような内装ですが、ドアや窓が写り込むと「船らしさ」が出るのはこの形のせいですね。

丸窓が並ぶ廊下にクリーム色とブルー、アクセントの黄色と赤。絵に描いたような船の容姿です。気がつけば直線が多い住宅内装の世界で、この心踊るフォルムを取り入れたいなぁ、と妄想してしまいました。

海はやっぱり陸とは勝手が違う。そう感じた今回の取材は、停泊中にパーツ類のメンテナンスを行っている船内で行いました。丈夫につくられていても、毎日大勢の利用客が使ったり、海水や潮風の影響を受けたりして不都合が出ることもあります。

「多くの「船舶ドアパーツ」は不都合が出たときに停泊している僅かな時間で、修理や交換が出来るようなつくりになっています。部分的にパーツを外して交換できるように表にビスが見えていたり、パーツ同士を溶接しないでボルトで固定していたりするわけです。」

それは現場から生まれた必然ですが、ビスやボルトで組み立てられた無骨な部品のつくりに機能美を感じてしまいます。それに長い年月を直しながら使える良さは、住宅でも愛着に繋がるのではないでしょうか。

今回船を案内してくれた東洋シャッターの塩崎さん。金物以外の質問も熱心に解説してくれる姿に、船への強い思いを感じました。お話を聞くと、もともと船に乗る仕事をしたかったそう。

「金物の世界に入ったけど、船向けのパーツということもあっていろんな船と関われる。ひとつの船だけよりかえって面白いかもしれない。もうだいぶ長くやっています。」そう話す塩崎さんは船の入航に合わせて、また別の港へと向かいます。

(石田)

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