「家族それぞれが棲家を持つ」という発想
この家づくりのきっかけとなったのは、設計者が感じた家族の関係性でした。
「とても仲がいいけれども、それぞれがしっかり自立している」そんな家族の印象から思い描いたのは、「家の中に、それぞれの“棲家”を持つ」という住まいのかたち。
家族3人がそれぞれの“家”を持ち、それらを住まいの中に点在させることで、家の中を巡りながら、ふと家族の気配を感じられる。“ひとり”の時間と“みんな”の時間が心地よく交わる、絶妙な距離感の住まいが実現しました。
中と外を行き来できる、それぞれの“棲家”
写真右手に写る白い箱の空間が、お父さんの棲家。
お父さんの棲家は、1階がサウナ、上階が寝室になっています。サウナは外気浴スペースを経由して浴室につながる動線が確保されていて、サウナ好きにはたまらない理想的な空間です。(うらやましい……)
こちらは上階にある寝室。
モノトーンでまとめられた落ち着いた空間の隅に、お気に入りのフィギュアがちょこんと置かれていて、静けさの中に個性がにじんでいます。
寝室の横には、テラスのような屋外空間も設けられています。植物の手入れをしたり、日なたでのんびり過ごしたり。植物に囲まれて過ごすのが好きなお父さんのくつろぎの場になっています。
写真中央の、セメント系の壁材が張られたグレーの箱は、お母さんの棲家です。
上階にはお母さん専用の寝室、下階には家族共用の浴室と洗面室が。それらがひとつの“棲家”としてまとまっている様子から、「きっとお風呂で過ごす時間が好きで、ゆったりバスタイムを楽しむ人なんだろうな」そんなお母さんの人柄が、空間のつくりを通してふんわりと伝わってきます。
上階の寝室は、バルコニーに面しています。やわらかな光と風を感じながらひとりの時間をのびのび楽しめる、心地よい空間が広がっています。(この寝室もとっても素敵……)
そして、アーチ状の入り口が目を引く棟が、お子さんの棲家。
1階はピアノのスペース、2階はぬいぐるみが並ぶ可愛らしい寝室として使われていて、“秘密基地”のようなワクワクが詰まった、自分だけの大切な場所になっています。
つながりを育む、“みんなの棲家”
それぞれの“棲家”をゆるやかにつなぐのは、中央に広がる土間空間。まちなかの小さな広場のように、家族の暮らしが自然と交わる場になっています。
土間から一段上がったダイニングキッチンとその上階にあるライブラリーは、“みんなの棲家”という位置付け。
棲家の外壁には、あえて外装材を仕上げとして採用し、照明は天井ではなく壁付けのブラケットライトに。室内なのに屋外にいるかのような、不思議な空気感が生まれています。
キッチンの奥や通路の先に、ふと外の風景がのぞく様子は、どこか街中の路地を思わせます。そんな屋外の気配が漂う空間にあるキッチンは、まるで街角にひっそりと佇む小さなお店のよう。夜になると、キッチンの上に吊るされた『ソケットランプ』が灯り、一層お店っぽくなりそうです。
ダイニングキッチンの上階に設けられたライブラリースペースは、家族共用の場所。それぞれのお気に入りの本がずらりと並んでいます。
奥にある書斎も、家族みんなで使えるように設計された共有スペース。今はお父さんが在宅ワークの拠点として主に活用しているのだそう。
住まいの中を“まち歩き”する
この住まいの魅力は、ひとつ屋根の下にありながら、異なる空気感と個性をまとった棲家が存在していること。
家の中を歩けば、まるで“まち歩き”をしているかのような感覚に包まれる。都市に棲みつくような、多様で自由な暮らし方が、家の中でやさしく再現されています。
自分だけの居場所がありながら、ふとした瞬間に家族とつながれる。そんな新しい暮らしのかたちを体現した、魅力的な事例です。
(写真提供:山内 紀人)