「窓からの眺めが気持ちよく、ずっと狙っていた」というリバーサイドの中古マンションを購入し、リノベーションしたグラフィックデザイナー夫婦の住まい。ここは、もともとお二人が賃貸で長年暮らしていた部屋で、運よくその部屋が売却されることになり、購入することができたのだそう。そういった経緯もあって「どこが居心地いい場所なのか知り尽くし、明確なイメージを持っていた」というお二人。
リノベーションをするにあたって間取りはほとんど変更せず、南東向き40㎡のLDK+ワークスペースに加えて、ベッドルーム、WIC、パウダールームという構成に。
それぞれの個室をつくらず、オープンな空間でのふたり暮らしだからこそ、居場所づくりや心地よく暮らすための工夫が随所に散りばめられています。
また、本来であれば時間をかけて検討するはずのプランはすぐに決まり、その分、素材選びにたっぷりと時間をかけたお二人。統一感があるだけではなく、暮らしの奥行きを感じさせる“こだわり”が詰め込まれた空間となりました。
まず注目したいのが、壁と床の質感。
「ビニルクロスは使わない。質感を大事にしたい」というお二人のこだわりから、モルタルと塗装をベースに仕上げられたLDK。グレートーンが空間全体を引き締めています。
壁に近付いて見てみると、左官仕上げのしっとりとした質感が、南東向きのバルコニーから入ってくる力強い日差しをやわらかく受け止め、落ち着きのある陰影を描き出しています。時間の流れとともに微妙に変化していく光の伝わり方、影の落ち方を思わず想像してしまいました。
このグレートーンとしっとりとした質感の組み合わせが、空間に奥行きをもたらします。そして広々としたLDKの壁面も、見る位置や角度によって、さまざまな表情を見せてくれます。
床に目を移してみると、広々としたLDKには、リビングスペースはアカシアの無垢フローリング、ダイニングキッチンはモルタル、ワークスペースはオークの無垢フローリングと異なる仕上げ材が使用されていました。
スペースごとに床を異なる仕上げにすることによって、ワンルームの開放感は残しつつも室内を緩やかにゾーニングでき、生活をしていく中で気持ちのメリハリが生まれそうです。
また、ダイニングキッチンのモルタル床はステインで着色することでムラのある黒色に、ワークスペースのオークの無垢フローリングは酸化鉄で変色させて色味をぐっと深くすることで、異なる仕上げ材を使っても、統一感のある空間として仕上がっています。
「部屋の中に段差があるのが面白い」と設けた段差は、ワンルームのLDKを緩やかに仕切るという役割はもちろんのこと、整然と落ち着いた雰囲気の中にリズム感を与えています。また、段差の上り下りや視線の高さの変化によって、フラットな空間では感じられない生活の立体的な奥行き感を生み出しています。
リビングスペースの延長にある窓際には、天井からハンモックがゆったりと吊るされていました。
休日の午後、優しく包み込むハンモックの中で川の流れを眺めながら、いつの間にかうとうと……。そんな穏やかな時間を思わず想像してしまう空間となっています。
こちらはハンモックが吊るされている空間の斜向いにあるワークスペース。
ひとりがワークスペースで仕事をし、もうひとりがハンモックでくつろいでいる──顔は見えなくてもお互いの気配を感じ合い、ときどき言葉を交わす。そんなちょうどいい距離感の中で、心地よい時間を過ごせそうです。
キッチンは、既存の壁付けからコの字型へとレイアウトを変更しました。
レイアウトをコの字型にすることによって、その場で身体の方向を変えるだけで違う作業ができたりと、調理の効率性がアップ。それだけではなく、ダイニング側にカウンターができたことにより、キッチンスペースが、“単なる作業空間”から“夫婦の会話が自然と生まれる空間”へと生まれ変わりました。
扉や棚に取り入れられたグレーは、現場での調色にお二人自らも立ち会い、室内全体のバランスを見ながら作ったオリジナルのカラー。このカラーとモルタルで仕上げられた天板の質感が相まって、リビングダイニングとの一体感をもたらしています。
キッチンへのこだわりはレイアウトの変更やカラーの調整だけではありません。キッチンがリビングやワークスペースと一体の空間となっているからこそ、生活感をできるだけ露出しないよう、収納にもこだわっています。
電子レンジやキッチンツールは、露出させず、天板下や室内のカラーに合わせたグレーのボビーワゴンに収納できるように計画されています。
また、キッチンの側の収納には冷蔵庫とウォーターサーバーが納められていました。収納扉は引込戸になっており、内部にすっきりと納まる仕様に。これなら料理をするときに扉を開けっ放しにしても動線の邪魔になることはなさそうです。
キッチンの向かい側に見えるのは、腰壁と室内窓によってほどよく仕切られたベッドルーム。
お二人が過去に泊まったホテルをイメージしてつくったという空間は、壁の木製パネル、暖色系の照明と適度な“おこもり感”が相まって、LDKとは対照的にあたたかい雰囲気に仕上がっています。
一日の終わり、ベッドルームのカーテンを閉め切ると、そこはお二人にとってお気に入りのホテルのような特別な空間に。LDKとのギャップがより一層心を安らげてくれそうです。
ベッドルーム内の開き戸の先には、7.2㎡のWICが控えていました。
ここにはロフトを設けて、小部屋としても使える隠せる収納スペースをつくりました。ちょっとした遊び心も感じられる場所です。
夫婦ふたり、それぞれの個室を持たない暮らしだからこそ、こうしてひとりになれる場所があるだけで、気持ちにゆとりが生まれそうです。
WICとエントランスを仕切っているのは、パンチングメタルでつくられた引き戸。
パンチングメタルの細かい穴が、視線や光、空気をやんわりと通し、空間の圧迫感を抑えています。また、北向きの窓からやわらかい自然光が差し込むと、パンチングの影がエントランスの床に映り、時間の移ろいとともに空間に繊細な表情が浮かび上がります。
エントランスの壁面は薄塗りシゴキ材、床は樹脂モルタルで仕上げられ、素材の質感が際立つ空間に。
また、LDKとの仕切りには背の高いスチールとガラスの造作建具を設置して空間のつながりと抜け感を演出しています。
こちらのパウダールームは、もともとお二人が賃貸で暮らしていた際に「この広さで十分」と実感していたことを踏まえ、既存の間取りはそのままに、設備だけを新しくアップデートしています。
LDKと同じくクールな印象に仕上げられている空間には『ミニマルシンク』と横長の大きな鏡を設置。朝の慌ただしい時間でも、お二人が並んで身支度できるように配慮されています。
素材へのこだわりを各所に散りばめたことで、室内は洗練された空間に。さらに、オープンな間取りとしたことで、時間の移ろいにあわせて変化する光や陰影が室内全体に豊かな表情をもたらし、日々異なる景色を楽しむことができます。
また、それぞれの個室を設けず、オープンな空間で暮らす夫婦ならではの居場所づくりや空間の緩やかな仕切り方によって、心地よい距離感が生まれています。
そんな、空間としても、ふたりの関係性においても心地よい暮らしが体現された事例でした。
株式会社アートアンドクラフト
建築設計/施工/不動産仲介/建物再生コンサルティングのプロ集団です。
大阪・神戸・沖縄を拠点に、マンション1室からビル1棟まで既存建物の再生を得意としています。
大阪R不動産も運営しているtoolboxのグループ会社です。