東京の下町エリアにある68㎡の中古マンションをリノベーションしたご夫婦。購入した住戸は、珍しいL字型。特徴的な形の住戸をどう活かすべきか悩んでいた施主夫婦に、設計を手掛けたa.d.pの坂田裕貴さんが提案したのは、L型の住戸を円形の壁がぐるりと貫くプランでした。

リモートワークが多く、それぞれの部屋が欲しいと思っていたご夫婦の個室は、対角にレイアウト。個室、キッチン、浴室、洗面といった生活機能は円の外に配置し、円の内側は各スペースを緩やかに繋ぐ「広間」として、L型住戸を余すところなく使いながら、余白も感じる空間をつくり出しました。

写真:Takuya Seki

写真:Takuya Seki

大きな曲線を描きながら家の中を横断する木の壁は、現しにした間柱が空間の奥行きを強調しています。

ところどころに開けられた開口やドアから奥がチラリと覗くたびに、「その先にはどんな空間があるんだろう?」というワクワク感を覚えます。

写真:Takuya Seki

木の円形壁の内側は、床はバーチのパーケットフローリング、天井と梁もバーチ合板で覆われていて、まるで「木のトンネル」の中にいるよう。

一方、円形の壁の裏には、路地のような小空間も。気持ちや視線を奥へ奥へと誘う仕掛けが楽しい。

写真:Takuya Seki

路地的空間の先には、妻の個室が広がっていました。柄のあるカーペットを敷き詰めて居心地を変化させています。「広間」との間にあるドアを閉めれば、絶妙なこもり感。それでいて、奥のキッチンまでは扉なく空間が続いているので、開放感も感じられます。

この、どこか洞穴を思わせる空間構成は、マンションの部屋を外から見上げた坂田さんが、「カッパドキアの洞窟住居のようだ」と感じたことから生まれたのだそう。たしかに都会のマンション群は、洞窟を内包した岩壁のようにも思えます。

「明るく、広く」が部屋づくりの“正解”とされがちですが、この場所のように、適度な閉塞感と翳りがある場所に本能的な落ち着きを覚えるのは、DNAに刻まれた古の記憶のせいでしょうか。

写真:a.d.p

一転、「広間」に面したキッチンは、光が差し込む明るい空間。キッチンスペースの床はコルクタイルで仕上げて、パーケットフローリングの「広間」と変化を付けています。

コンパクトなスペースですが、食器棚に調味料棚、調理家電と、収納がしっかり造作されていて、必要なものが直ぐ手に届くレイアウトがいいですね。

キッチン本体は『ホワイトミニマルキッチン』で、フロート型の本体に、オプションのキャビネットを取り付けています。造作で組み込んだ食洗機の下にはお掃除ロボットの基地も確保。爽やかな光の中で、テキパキ精力的に家事ができそうです。

写真:Takuya Seki

アールの壁とアールで切り替えられたパーケットフローリングが、L型住戸を緩やかにつないでいきます。

写真:Takuya Seki

L型住戸のコーナーを抜けると、広がるのは窓辺にデイベッドがある、もうひとつの「広間」。デイベッドに腰掛けて読書をしたり、ヨガマットを広げてストレッチをしたり、家族や友人が泊まりに来た時はゲストルームになったり。こんなふうに自由な発想で使えるスペースが家の中にあると、気持ちにもゆとりが生まれそうです。

窓にはやわらかな素材感と光の透け感がある『ガーゼカーテン』を添えました。

築40年を超えるマンションで、多方向に窓がある住戸でもあり、今回のリノベーションでは全ての窓にインナーサッシを取り付け二重サッシ化。窓辺を心地よく過ごせる場所にしています。外周面には断熱材も充填して、機能面をアップさせました。

写真:a.d.p

洗面スペースは、脱衣所から独立させて、広々と確保。ペンダントライトが、シンク横のカウンターに“コーナー感”をつくっていて、ゆっくり落ち着いた気持ちでスキンケアやメイクができそう。

洗面シンク下のキャビネットは、アーチ壁と同じバーチで造作。ミラーは『棚付きボックスミラー』のバーチを使い、素材感を統一しました。洗面水栓は、『洗面水栓 SK-2:ストレート混合栓ショート』をお使いいただきました。

写真:Takuya Seki

こちらはデイベッドがある「広間」の横にある、夫の個室。壁と床に黒を取り入れて、家族共用のスペースとは雰囲気を変えています。

出入り口側の床は、パーケットフローリングを「広間」からはみ出すように貼りました。これは、個室で過ごしていても繋がりを感じられるようにという、ささやかな工夫。黒を取り入れた空間のアクセントにもなっています。

写真:Takuya Seki

都市のただなかで、洞窟のような落ち着きと、広場のようなひらけた気配に包まれる毎日。これも、都市で暮らすひとつの心地よさのかたち。

「◯LDK」に捉われない、自分たちらしい距離感とリズムで形づくられたこの住まいで、お二人がどんなふうに暮らしを育てていくのか、楽しみです。

※こちらの事例はimageboxでも詳細をご確認いただけます。

一級建築士事務所 a.d.p(アデペ)

代表を務める一級建築士・坂田裕貴は、2011年、施主参加型の家づくりを行う建築家ユニット「HandiHouse project」を立ち上げ活動。2022年、“植物へのあこがれ”のスペイン語の頭文字からネーミングした「a.d.p」を設立。住宅や商業空間などの設計・施工を行っています。

テキスト:サトウ