原状回復という壁

天井を上げたり、壁紙に塗装したり、畳をフローリングに交換したり。

やってみたい気持ちは存分にあるのだけれど、賃貸に住む私たちにとって立ちはだかるのは「原状回復」という壁。

「原状回復」とは、賃借人の故意・過失で賃貸物件を毀損した場合、退去時借りた元の状態に戻さなくてはならない、というルールのことだ。

物件の価値を損ねなければいいんでしょ、と私なんかは思うのだが、実際は小さな画鋲の穴でさえ、退去時に補修を求められる賃貸物件はまだまだ多いのが現状だ。

そんな中、賃貸なのにキッチンを変えるというかなりハードルの高そうな工事を、難なくするりと進めたMさん宅を訪問した。

賃貸なのに変えました。

「内見の時に思ったんです。壁はクロスだけれど白いからよし。建具も既製品だけど木っぽいからよし。けれど、既存のキッチンの無愛想な感じはどうしても変えたかった」とおっしゃるのは、最近このマンションに引っ越してきたMさん。

平日は企業でゴルフのコスチュームデザインの仕事をしつつ、プライベートでは自分のブランドを持つMさんは、休日になると趣味と実益をかねて自宅の仕事場でかばんの制作に励んでいる。

平日は忙しい事もあり、週末になるとまとめてたくさんのストック料理を作るのが習慣だ。あとは簡単な調理をしたり、お茶を沸かしたりする程度。

そんな生活にぴったりな、肩の力が抜けたキッチンに変えようと思った。

思い立ったと同時に、オーナーさんとの交渉を開始。偶然オーナーさんは大のゴルフ好きということも手伝って、信頼関係を築くのにそう時間はかからなかった。既存より悪くしないのであれば、と快くOKをもらう事ができた。

キッチンは制作しかないかな、と思っていた時、仲の良い友人が物件を購入しリノベーション工事をすると聞き、その工務店に相談。そこからtoolboxのカスタムキッチンの存在を知った。

「こういうシンプルなキッチンを探していた。」と話すMさん。

キッチンの交換、壁はタイル貼りにして棚を設置、水栓をメタルのものに交換、というMさんの要望に、こちらからの提案として換気扇のフードと照明の設置を盛り込んだ。

結果、キッチン全体が置き家具のようなしつらえとなり、Mさんお気に入りの空間となった。

料理する時はさっと引き出してサイドボードになります。

引っ越しの時は置いて行くの?

材工の工事の場合、大抵は内装とは切り離せないものとなる。だから引っ越しの際にはお気に入りの仕上げや設備を置いて行かなくてはならない。これも賃借人が自己負担での材工の工事をためらう理由の一つだ。

Mさんの場合はどうだったのだろう。

「この物件に決めた理由の一つは事務所使用もOKなことでした。将来的に別の場所に引っ越しても、事務所として引き続き借りることを考えた時、キッチンの交換はリアリティーがあったんです。」

なるほど。この先長く借りる物件であれば、費用を掛けてでも気持ちよく過ごせるキッチンにしたいと思うのも納得できる。

こんな理解あるオーナーさんが増え、賃貸でも気軽に内装を変えることができるようになれば、物件への愛情も暮らしの自由度も、格段にアップするのではないだろうか。

既存のキッチン。確かに無愛想でした。