「佐藤店長」の名でお客さんに親しまれる、佐藤友子さんは、2025年9月に創業18周年を迎えたネットショップ「北欧、暮らしの道具店」の店長。夫と中学3年生の息子との3人暮らしです。
前編では、50歳目前という節目で新築戸建に向きあった家づくりのスタンスをご紹介しました。
「家は3回建てないと理想の家にならない」と言われるほど、後悔のない家をつくるのは難しいものですが、人生初の新築戸建にもかかわらず、「想定外はほぼなかった!」と言う佐藤さん。
後編では、その理由を、これまでの暮らし方やマイルールから紐解いていきます。
家具好き、雑貨好きの物量への向きあい方
佐藤さんは、かごや北欧雑貨、グリーンを育てることがお好きなことを、ご自身のインターネットラジオ「チャポンと行こう!」の番組や、Instagramでも発信されています。
でも、家にお邪魔すると決してモノが溢れているわけではなく、あるべきモノが在るべき所に置かれている印象です。
気になったのは、収納や所有への向きあい方。ついつい集めてしまう物や、年々増えていく愛用の物をどうコントロールしているかを聞いてみました。
「所有するということに負担を感じるタイプなんです。
昔から、車でもなんでも。会社だけでその責任は充分なのかもしれません。広いお庭にも憧れるけど、今の自分が可愛がれる量にしておきたい。新しいものを買うたびに、何かを手放す。ある程度、自分や家族でメンテナンスできるように留めておきたいのかもしれません」
勝手に物好き=所有したい欲が強いと思っていましたが、自分が可愛がれる量にコントロールするという考えが、佐藤さんならではポイント。
その言葉通り、今回の家づくりでも、賃貸暮らしの時と収納スペースの大きさはほぼ同じ!前の家で収まっていた物量をベースに計画していったそう。
そんな佐藤さんの“物との向き合い方”は、実は賃貸時代から一貫していました。
2017年に発売された、書籍『「北欧、暮らしの道具店」店長のフィットする暮らし』には、当時の賃貸マンションでの暮らしについて、賃貸だから、「あれができない」と考えるのではなく、「こうしたらよくなるかも?」とインテリアを工夫しながら心地よさを追求する様子が紹介されています。
賃貸暮らしの時から、身の回りにあるものに妥協するのではなく、自分が心地よいと思う物を選んで、飾ったり、使ってみて、これだな、というものだけを厳選していく。
いざ、家を買うタイミングに至るまでも、そんな風に物との付き合い方ができると、自分の好きなものに似合う背景は何色だろう、など、自分らしい家をつくる土台が出来上がってくるのかもしれません。
長年愛用してきた“家具様”の輝く居場所をつくる
佐藤さんといえば、雑貨と合わせて、賃貸時代から、北欧家具を大切に使ってこられているイメージがあります。今回の家では、それらの家具をどのように計画の中に取り込んでいったのでしょうか。
「もう、わたしにとっては、“家具様”って感じなんです(笑)
家具様がどこに来るかを全部計算して、手放さないで済むように考えて家をつくりました。10年前とかに奮発して買ったものたちなので、次の家にいって、いないと寂しい。だから、その子が輝くステージをどこにつくろうかなと、一つ一つ考えていきました」
リビングの読書コーナーには、このチェスト。寝室のクローゼット前には……というように、手持ちの家具の配置を最初に決めていきました。
多少通路が狭くなろうが、ウォークインクローゼットの容量が減ろうが、とにかく、大事にしている“家具様”ありきで壁の寸法が決まっていったそう。背景となる壁は、基本は家具が映えるシンプルな白に。憧れだったウィリアム・モリスの壁紙を選んで、壁に色を入れたのは自分の書斎だけでした。
新居が出来てから、そこに似合う家具を探したり、配置を考える方も多いと思いますが、佐藤さんは、あらかじめ、かごなどの雑貨を含め、「どこに何を置いて、どう使うか」を全てスケッチに描きだして、決めていたといいます。
引越し当日も、予定していた場所に家具やモノを配置していき、あっという間に、新しい場所でのフィットする暮らしがはじまったのだとか。
自分の好きな物が精査されたタイミングだからこそできる、家づくりのあり方。
50代、人生の折り返し地点で、改めて自分にとって大事な家具を見直すタイミングと家づくりが重なっている、この先一生この家具と生きていくんだという覚悟も感じるような考え方です。
常識にとらわれず、建築側をフィットさせていく
フィットさせていくという考えは、造作部分にも反映されていました。
玄関入ってすぐの壁に造り付けられた、白い薄型の玄関収納。すっきりして、いいですねと思いつつ、よく見ると、少し違和感が……
この収納、靴入れにしては、奥行きが浅くないですか?
「玄関の土間スペースは、玄関戸をあけて正面に見える壁に絵を飾ろうと考えていたので、脇にある靴箱は出来るだけ視界に入ってこないようにしたかったんです。
ただ、既成サイズだと、この奥行きが10cm前にせり出してくる。そうなると、だいぶ印象が違うなと。
それなら、靴の置き方を犠牲にして、斜めに仕舞えばいいんじゃない?と、玄関収納を特注で浅くつくってもらったんです」
たしかに、既製品の靴箱は男性の一般的な靴のサイズを考慮して、内部寸法で30cm+αの奥行きに設定されているものがほとんど。気持ちよさを優先させ、奥行きを浅くするために、靴の入れ方のルールを変えて合わせにいくとは!
なるほど、その手があったか⋯⋯自分に、その発想は出てこなかったなぁと、常識を疑わなくなっている自分に気づきました。確かに、置き方を工夫するだけなら、柔軟に合わせにいけます。
家づくりの寸法決めって、きっとそんなことの連続。一般的な目安の寸法は参考にしつつも、自分にとって快適な寸法を見いだしていくことが、自分らしい家に近づいていくのでしょう。
玄関の先には、高い吹き抜けのホールが広がります。足元には、足触りがいいウールカーペットが敷き詰められていました。玄関を上がってすぐにカーペットが広がる世界は、海外でみて、どうしてもやりたいと憧れていたのだとか。
通常の廊下よりは、ゆったりと広さをとったスペースです。
「庭を狭くしてでも、この玄関ホールに贅沢にスペースをとるのはどうですか?とハウスメーカーさんから提案を受けて。これは、一番やってよかった部分ですね。いつも家の中心に“気のいい空気”が流れてる場所をつくりたかったんです」
しかも、このスペース、ただの広々した廊下ではありません。
気軽に動かせる鏡を壁に立て掛けて、ピラティスやストレッチをしたり、夫は筋トレをするスペースに。夜にはホールのベース照明を消して、小さなあかりだけ灯すと、ちょうどよい瞑想空間にもなるのだとか。
階段沿いの個室の扉には、toolboxの『クラシックパネルドア』の4パネルを採用いただきました。ここの扉だけは、施主支給されたもの。なぜ、この扉を選んでいただいたのでしょう。
「若い頃から洋書やインテリア誌を眺めては海外のインテリアに憧れてきました。床のカーペット敷き同様に、室内の扉にもその要素を入れ込みたかったんです。
価格的にもデザイン的にも、toolboxさんで取り扱っているこちらのドアは私の中でイメージにも予算にもフィットするものでした。寝室の入口、子供部屋の入口、この2部屋だけに採用しました。それ以外は全てスライドタイプのドアを採用しています」
真っ白い空間の中、同色ではありながら、細かな凹凸のあるモールディングタイプのドア枠と4パネルの扉が、陰影をつくりだしています。
このキッチンからの眺めが、すべてのはじまり
ご自身のInstagramにもよく登場するのが、ゆらぎのあるグリーンのタイルが印象的なコの字型のキッチン空間です。
「はじめて土地を訪れた時に、隣地のお庭の景色がすばらしくて。これを眺めるための窓のあるキッチンをつくろう、そこに向かってキッチンはコの字にしようというのは、最初から確定でお願いしていました」
この家の妄想がはじまるきっかけとなったキッチン。階段をのぼってくると、どん!と正面に迎えてくれます。
キッチン収納は、オーダーメイド。キッチンメーカーのプロと相談しながら、配置や扉のデザインを決めていきました。
このキッチンカウンターの立ち上がり部分の高さについては、ものすごく悩んだ箇所の一つ。
「提案図面では、一見、よさそうなバランスだったそうですが、実際に、高さをシュミレーションしてみると、お皿を置くのには、高すぎて使いづらそうだなと」
仕事で、生活にまつわるアイテムを販売する佐藤さん。自分で体感して納得いくまで、寸法決めも妥協しません。
ダイニング側からの食器が受け渡ししやすい高さ、座った時の窓が見えるバランスもシュミレーション。カウンターが高過ぎると、窓からの木々が見えなくなってしまう。結果、当初のタイル2枚分の高さから、タイルの半分の高さ分、カウンターは低くすることにしました。
「グリーンのタイルも、微妙に濃淡の個体差があるので、貼り合わせるバランスを一緒に選ばせてくれとお願いして。現場で職人さんと1枚1枚並べて確認させてもらいました。
もう、本当に全てのことに立ち止まって気になっちゃうから、すごい打ち合わせに時間のかかるクライアントだったと思います」と、佐藤さん。
こだわりが詰まったキッチンは、新商品の撮影にと、仕事でも発信する場になっています。そこは、やはり、仕事とプライベートが切り離せない部分。
撮影しやすいようさりげなく視線の抜けがつくれる工夫された箇所もあったりして、カメラ担当はわかってる〜と、関心しきりでした。
サイズ検証は、実寸でミリ単位まで。専門家とのやりとりで”らしい家”に
20代で、インテリアコーディネーターの仕事についていたこともある佐藤さんですが、立体的な空間の寸法などを決めるのには、相当苦労したといいます。
用意されたCGを見て、立体やリアルになった時の寸法の体感をイメージするのがとても難しかったのだとか。その分からない、見えない不安と、どう向きあっていったのでしょう。
「過去に仕事でドラマをつくったりした経験から、自分の専門領域ではない場面で何かをつくってもらう時には、こちらのイメージを伝え、専門家の考えや意見を聞きまた話をする。そんなふうにして”らしい”と感じられるものが出来上がるまでの過程を歩いてきました。なので、家についても自分が理解できるまでやりとりをして、実寸を確認させてもらって、を繰り返しました」
その言葉の通り、多角形のゲートのカタチなど、図面を見ても体感しないと判断のしようがない部分は、ハウスメーカーの人と、打ち合わせの場の壁にマスキングテープを貼ってみたり。とにかく実寸での確認を繰り返しました。
リビングは、開放的な勾配天井に装飾梁がついたデザインになっています。実際に手に触れる場所でもないので、提案の図面・寸法を見ても、ジャッジが難しいところ。
打ち合わせに行った際に、ちょうど会議室に置いてあったティッシュのネピアの箱を見て、「○mmって、このスリムタイプのネピアのサイズかぁ」なんて確認していったそう。
普通だったら、面倒くさくて、ここまで全部の確認はできない気がします。でも、数字だけでは想像しきれない部分を、暮らしの中で馴染みのあるものに例えたり、実際に仮貼りをして確認して、自分の持っているスケール感覚に寄せていく作業をしていくのは、佐藤さんならでは。
実は、巾木なども含め、プロから事前に確認もされないようなところが、完成後にすごく気になったりするもの。
そういう細部までの徹底したこだわりが、後悔のない、想定外がない家づくりに繋がっていくんですね。
キッチン裏にあるのは、素の自分に戻れる場所
キッチン脇にある、ドライフラワーがかかる多角形のゲートの先。ここの奥は、細長いパントリーになっています。
手前の扉付きの収納には、洗剤の替えや掃除道具が。事務用品、薬などもここにまとめて置かれるスペースになっています。
「前の家では、子供が学校から持って帰ってきたプリントとか、税金やなんだの郵便物を、その辺りに溜めておいて、週末にさぁやるかーと向き合うのがすごく難儀だったんです。
だから、新しい家では、そういうことをする秘密の空間みたいな、落ち着いてやれる場所をつくりたくて」
外から帰ってきたら、まずはここに直行して、郵便物の束などをデスクに置く。キッチンに立ってご飯の準備をしながら、煮込んでる間などに、パントリーを行き来して、郵便物を処理したりしているそう。
「家事室」でも「書斎」でもない、ここは、この家での生活をまわしていくための、“情報処理ステーション”。ここがあるから、リビングの家具様たちのスペースも、書類などに侵食されず、書斎は、仕事にだけ集中して向きあえるのかもしれません。
「仕事の書斎とプライベートの情報処理の場は分けたかったんです。家の中でも、その2つを行き来する途中の階段の登り降りの中で、仕事とオフモードが切り替わりますね」
ここは、唯一、北欧、暮らしの道具店の佐藤店長ではなく、中学生の息子のお母さんであり、某○○市民の佐藤さんとして、いられる場所。いち生活者としての自分に戻るための場所と位置づけられているところが、とてもユニーク。
「一番、頭が仕事と切り離されるのは、ここで税金などの通知を見ている、その瞬間ですね」と笑いながら教えてくれました。
物件探し、土地探しと、「家づくり」は、ご縁とタイミングも大きいもの。そして、いざはじまると、ものすごい量の決断を迫られる日々が続きます。
50歳になる佐藤店長の長年のぶれない思いを聞いて何より思ったのは、来るべきそのタイミングに備えることは、今日からでも遅くはないのだということ。仕事でもプライベートでも、経験したことは全て家づくりの糧になる。
「備えよ、常に」の精神で、まずは、自分の“らしさ”をカタチづくるものを見つけるところから。それが、いつか訪れる家づくりへの、何よりの準備なのかもしれません。
佐藤友子さん
「北欧、暮らしの道具店」店長。
1975年生まれ。2006年に実兄である青木耕平と株式会社クラシコムを共同創業。取締役副社長兼、2007年に開店したECサイト「北欧、暮らしの道具店」では店長として、商品・コンテンツの統括を行う。その傍らで、オリジナルドラマ『青葉家のテーブル』ではエグゼクティブプロデューサー、大人気ポッドキャスト番組『チャポンと行こう!』ではパーソナリティをつとめる。誰かの参考になれば、と公開に踏み切った今回の家づくりに密着した裏側は、YouTubeでも公開されています。