突然ですが、いまの家のどこが好きですか?いまの家で「ずっとこのまま暮らし続けたい」と思っていますか?

一生のうちに、いつかは持ち家を……と思いつつ、賃貸暮らしを続けている方。若いうちに家を買ったはいいものの、家族や子供の成長とともに、次のステージが見えはじめながら、忙しい日々の中で具体的なアクションを起こせていない方。

toolbox社内にも、そんな状況のメンバーは案外多いのですが、50歳を目前にして、新築戸建の家をつくるという選択肢にチャレンジした人がいるんです。

2年前でも5年前でもなく、いまだから踏み切れた家づくり

佐藤友子さんは、ネットショップ「北欧、暮らしの道具店」の店長。「佐藤店長」の名でお客さんに親しまれています。2025年の9月で創業18周年を迎えた同サイトは、北欧雑貨の販売からはじまり、いまではオリジナルのアパレル、家具、雑貨などの販売も行う人気サイト。

プライベートでは、今年中学3年生になる息子さんと、同じ会社に勤めるデザイナーの夫との3人暮らしです。

佐藤友子さん。新居のダイニングでお話しを伺いました。

ご自身のInstagramや、「北欧、暮らしの道具店」のサイトでも、賃貸マンションでの暮らしを飾らず発信してきた佐藤さん。

2017年発売の著書の冒頭では、こんな風に語られていました。

「家は乗り物と同じだと思っているんです。目的地(=理想の暮らし)に到着するために乗っているもの。家自体が目的地になることもはないし、家をかったら理想の暮らしが手に入るわけでもない。自分の思い通りの空間を一からつくることには、もちろんあこがれています。でも、子供の学校のことなど、優先順位を考えると、今のところ、乗り換えできる”乗り物”(=賃貸)の方が、自分に”フィットする暮らし”です」

自ら賃貸暮らしを選んではいたものの、インテリアや暮らし回りのものを扱う仕事柄“もっと早く自分の家をつくるのでは?”と周囲からも思われていたと語る佐藤さん。

初めての家づくりが、50歳を目前にしたこのタイミングだったのはどうしてだったのでしょう?

「今までは、仕事が本当に忙しくて、それどころではないというのが正直なところでした。

そんな中でも家づくりというプライベートの大プロジェクトに奮闘することの意味が見えていなかったので、本気でやろうと思えない自分が長年いました。

それが、約3年前偶然に、この土地に出会って。

ただ、一度は条件が合わず諦め、でもまだ売れてないと気にする日々。そこから半年後、あるイベントでお会いしたハウスメーカーの方に、この土地の話をしたことがきっかけで、家づくりが一気に進んでいったんです。

あと2年弱で自分が50歳になり、その頃には会社も設立から20年目を迎えるのが見えているタイミングでした

子供が中学生になり、手がかからなくなるなど、プライベートのタイミング的にも「今ならやろう」と思えたそう。

進学や受験というタイミングが見えている予定に比べ、不動産との出会いは本当にご縁。佐藤さんの場合は、「これが2年前でも5年前でも出来なかった」とおっしゃる通り、まさに全てのタイミングが上手く重なり、50歳を迎えるという節目だったのも運命的です。

窓からの緑も豊かな、新居のリビング。訪れた日はあいにくの雨模様でしたが、静かな空気が流れていました。

50歳での、理想と現実。家と自分の時間軸

一般的に、30歳前後で結婚して、家づくりをしようとする場合、自分の仕事、子供の成長など、まだ見ぬ明るい未来を想像しながら計画していくパターンが多いと思います。でも、実際は、子供部屋予定の部屋が、就学前まではただの物置きと化しているなんて、声もちらほら……

では、50歳前後では何が違うのか。

31歳で「北欧、暮らしの道具店」をはじめ、仕事を通し、沢山の人の家、インテリアや、先輩たちの考え方にも触れてきたことは、佐藤店長の家づくりにどんな影響を及ぼしているのでしょうか。

書斎の壁には、ウィリアム・モリスの壁紙が。(写真提供:北欧、暮らしの道具店)

「20代じゃないので、“未知数が減っている”というのはありましたね。

これまでの人生経験がなかったら、あれもしたい、これもしたいと、理想を求める部分が膨らんでしまったかもしれない。でも、50歳を目前にした今だと、別にそれは求めてないしと、自分に合わないことは、どんどん切っていけるという良さがありました」

子育てがやっと一息ついたという方も多い50代。ファッションやインテリアに関しては、若いうちに失敗を繰り返し、自分の好き嫌いがはっきりして、スタイルは確立されてきている。そんな判断軸が強くなっている良さがある一方、今度は、この先の年齢を考えていった時の、体力の低下など、不安要素が見えてくるお年頃です。

大人になった今だからこそ、理想と現実に向きあって、どう落とし所を作っていったのか。40代後半に差し掛かった同世代の私たちにとっても、気になる部分。家を案内してもらいながら、深掘りして聞いてみました。

2016年に「北欧、暮らしの道具店」の読み物、「灯りの楽しみ方」特集でゲスト出演したtoolbox代表の荒川(右)と一緒に訪問しました。

10年・20年先なら、まだきっと元気はなず

玄関の先の吹き抜け空間は、ふかふかのウールカーペット貼り。オープンな階段越しに光が差し込む、気持ちのいいスペースです。

季節ごとにアートなどを掛け替えたくなる、ギャラリーのようなスペースでもあります。

この家はプライベート空間が1階に、リビング・ダイニングが2階にあるスタイル。

「あと10年、20年先までなら、きっと足腰も元気で、毎日階段を上がる生活でも大丈夫だろう。70歳、80歳になったら、さすがに心配かもしれないけれど、それまでは、この形でいけるだろうと思って」と、佐藤さん。

上から階段ホールを見下ろして。スチールのほっそりした手摺りが印象的です。

階段の手摺りを考える際も、この先10〜20年は大丈夫だろう、という期限を区切り、すっきりと開放感を優先させたデザインにしました。

「階段の手摺りも、ガードがないから、子供がもっと小さかったら危なくて絶対やれていません。子供が中学生ともう大きく、足腰が弱い高齢者もいない、わたしが50歳目前という、いまだから出来たデザインですね」

ハウスメーカーの家の標準仕様は、小さい子供からお年寄りまでの最大公約数的をとって、安全を第一に考えられていることが多いもの。ただ、他人からどう見られても、自分たちが大丈夫だと思うなら、それでいい。そんな自己責任での決断ができるのも、ミドルエイジになった大人の家づくりの楽しみなのかもしれません。

見えない不安に備えて家を考えても、全然わくわくしなかった

プランの計画、素材の選定をしていく中で、プロ側は経験上、将来的に起りうるリスクを説明し、リスクが少ない側の提案をすることが多いもの。もちろん、良かれと思ってのアドバイスではあるのですが、その辺りは、どう向きあったんでしょうか。

「ずっとここに根を張ろうとも思っていないんです。終の住み処という発想がない。

10年くらい先、子供が独立して出ていく頃まで……というイメージでプランを考えていきました。見えない未来の不安に備えるための計画を考えても、全然わくわくしなかったんですよね。

この先、親の介護が必要になるかもしれない。でも、実家も近いし、私が通うか、他者の助けを借りることもあるかもしれない。“かもしれない”の不安のために、例えば、いまから客間として場所をとっておいて、開かずの間にするのはどうだろうと……」

それなら、その分、開放的なリビングにしよう。10年は家でも仕事をする前提で、夫婦それぞれの書斎を設けよう。そんな風に、いまの暮らしにフィットすることありきで計画が決められていきました。

佐藤店長としての仕事用の書斎。寝室の奥に設けています。(写真提供:北欧、暮らしの道具店)

賃貸時代から、自分にフィットするかを常に大切にして、暮らしを整えてきた佐藤さん。ここでも、10年というスパンを区切り、その考えは、一切ぶれず。

“わくわくする方を選ぶ”という考えも、家づくりの中での後悔を減らすポイントな気がします。

将来のお客様を妄想して

50歳目前で家を建てるにあたり「終の住処という発想はない」と話していた佐藤さん。では、この家のその先は、どうイメージしていたのでしょう?

「本当に例え話なんですが……。例えば10年後、私が突然“長野に移住します、この家は売ります!”となったとして。

そのときに、45歳くらいのご家族が見にきて、“ここから20年くらい暮らしやすい家だな”と思ってもらえたらいいな、と思ったんです。

私が惹かれた窓からの景色に共感してくれて、
“わぁ、こんな家って他にはない! やりすぎてなくて、ちょうどいい”

と感じてくれるような、一人の感性の合う方に出会えれば十分。

そんなふうに考えたんです」

この家を建てるきっかけとなった景色をキッチンの窓から眺めて。

一生ものだと考えていたら、家を建てることを決められなかった、と話し、具体的な次の住み手まで想像する佐藤さん。

その発想に思わず、「それはもう、この家そのものが、オリジナル商品。佐藤店長、自分の家なのに商品企画をやっちゃってますね!」と、突っ込んでしまいました。「たしかに、そうかも〜いままでで一番大きいプロダクトだったから、こんなに大変だったのかぁ」との返しに、一同大笑い。

自分の家を計画していても、結局、未来のお客様のために向けたプロダクトとして考えてしまう、「北欧、暮らしの道具店の佐藤店長」になってしまうんだなと、おおいに納得した瞬間でした。

賃貸の前の家からもってきたダイニングテーブル。「この先もっと大きいものに変えたくなる時がくるかもしれない。そんな楽しみが残っているのもいいですね」と佐藤さん。

家づくりは3回しないと......は、本当に?

見えない将来の不安のために備えてもワクワクしない、それよりは、いまから直近の10年、自分の暮らしにフィットするかを優先して考える。つくり込み過ぎず、住みながら手を加えていくことの楽しみも残して、その時々、アップデートしていく。

それは、この話を読んで、家をつくろうか、いまの家をリフォームしようかと悩んでいる方にも参考になる考え方なのではないでしょうか。

終の住み処という発想ではないという心持ちが軽やかで面白いと思いつつ、佐藤さんはこんなことも話されていました。

「とはいえ、ここが終の住み処になる可能性も大きいと思いますよ。そもそも、この先、そんなに何回も家を建てる元気がない。

家づくりは3回しないととはよく言うけれど、すごい決断力とバイタリティーだなと。総括すると楽しく幸せな体験でしたけれど、とはいえやっぱり相当のエネルギーと時間を費やしたので当分いいなと思っています(笑)もし次があるとしたら、平家とか山小屋のようなコンパクトハウスならトライしてみたいかも

家づくりは3回しないと……という話は、想定外の部分が建ててみて初めて分かる、という意味の言葉。

しかし佐藤さんは、今回がはじめての家づくりなのに、「想定外はほぼなかった!」と言い切っていました。後編では、そのこだわりの各所をお伝えしていきます。

佐藤友子さん

「北欧、暮らしの道具店」店長。

1975年生まれ。2006年に実兄である青木耕平と株式会社クラシコムを共同創業。取締役副社長兼、2007年に開店したECサイト「北欧、暮らしの道具店」では店長として、商品・コンテンツの統括を行う。その傍らで、オリジナルドラマ『青葉家のテーブル』ではエグゼクティブプロデューサー、大人気ポッドキャスト番組『チャポンと行こう!』ではパーソナリティをつとめる。誰かの参考になれば、と公開に踏み切った今回の家づくりに密着した裏側は、YouTubeでも公開されています。

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テキスト:来生