ことの始まり

「誰か建具を引き取ってくれる人知りませんか?」

ある日こんなメールが社内メールで回ってきました。
聞くところによると、弊社スタッフの友人の友人の実家が静岡にあり空き家になっていたのだが、このたび訳あって泣く泣く解体される運びになったとの事。もう解体の日が間近に迫っているのだがせめて建具だけでも救出したいので、誰か知りませんか?との事でした。
添付されていた写真を見るとこれぞまさしく古民家。建具だけ残して後は廃材、とするにはあまりにもったいないものでした。

「いや、ここはオレしかいねぇら!」
※「ら」は静岡弁で「でしょ」の意味。

と、つい静岡弁が出てしまったのも無理ありません。
実はボク、静岡出身のうえ前職はこれまた静岡で古民家再生を手がける設計事務所にいたため、こんなに条件の揃った依頼に黙っていられる訳がなかったのです。さっそくこの古民家のオーナーさんに連絡をとり、
「ボクが救出いたします!」
と声高らかに宣言してしまった事がこの旅の始まりです。

本能という原動力

オーナーさんからは、
「どのみち解体されてしまうものなので、大切にしてくださるなら建具以外のものでも使えるものはなんでも使っていただいて結構です。」
という温かいお言葉。

ただ、本能的に救出宣言してしまったものの、これは完全にtoolboxの通常業務外であり、そもそも弊社にはトラックはおろか車というものがありません。しかも情報を頂戴したのは解体着手の2日前。悩んでいる余裕はありません。
toolboxでも付き合いのあり、且つ友人の左官屋、T-plasterの水口君に即連絡。

「あのさぁ、静岡に古民家の解体行くけど行く?」
「うん、行く」
「じゃあトラックかして」
「うん、いいよ」

と、まさに阿吽の呼吸。
彼もまた、素材の手触り感や古い物を大事にする感覚を持つ職人で、しかもこれまた静岡出身といことで本能的に動いてしまうことをボクは確信していたのです。そして彼も自分の仕事の都合を瞬時に調整し、既に戦闘態勢。
斯くして単なる2人の本能的で趣味的な旅が始まりました。

古民家という合理性

今回の救助現場は静岡県の吉田町というところ。広い静岡の中でもやや西寄りに位置し、メロンやお茶、お米などまだまだ昔ながらの農家の形態を維持した生活が根付いているため、比較的古民家が多く残る地域です。現場は大井川という大河の河川敷に近いためか、 近隣の畑はどこも土が灰色なのが特徴的で、このお宅の土壁も同じ灰色の土が使われていました。

土に関わらず、木、石、茅など昔の家はそのほとんどが地の物で構成され、消費され、そしてその地へ返っていきました。木材で言えば、材種の特性上土台や柱は檜、梁は地松、小屋組は杉、というのが一般的(いわゆる適材適所)ではある中、近くで欅の多く採れる地域では柱も梁も欅(これは材料的には非常に贅沢な事)といったこともあります。今でも田舎へ行くと、せめて大黒柱だけは裏山の木を使って、なんて事もよくあります。そして役割を終えて仮に解体される事になった場合にも、土は練り直してまた壁の材料となるかあるいは田んぼへ返し、木は組み直しをして再生されていました。ちなみにこのお宅も小屋組は前のお宅のものを再利用したものでした。

物流や産業技術が今程発達していなかった時代なのでこれは当然の話ではあるし、結果的にそうせざるを得なかった部分もあり、これが昔は経済的にも一番合理的な方法だったんだとは思います。ただ、このように結果的に材料が地産地消であったことは、地域毎の特性を知ることができるので、古い建物を探訪していると楽しかったりします。なんでも手に入るようになってしまった今の建物ではその地域と特性を素材から知ることはできませんので。

時代が変わり、昔のような方法あるいは素材による建築が逆に非効率で合理的ではなくなってしまったわけですが、そのかわり素材に対する理解や自分の住む周辺環境やその循環、強いては人が「住む」という原始的な行為について感じる機会など、失ってしまったものは多く、毎度考えさせられます。いつの日にか「家」というものが「建てて住む」ものから「買う」という遠い存在になってしまいました。

さて作業はと言いますと

なんて意外とマジメな事を話したりしながら現場ではそれはもう時間の許す範囲で再利用できそうなものは全て剥がして参りました。


解体業者さんが入る前なので、柱や梁などの構造材には当然手がつけられなかったのですが、建具はもちろんのこと、床の間の板、天井板、畳の下にある荒板、束、根太、大引、屋根に葺いてある銅板、鬼瓦、 しまいには全く古材とは関係のない床下収納庫に至るまで、トラックに積めるだけ詰め込みました。

都内ではあまりお目にかかれない古民家に2人とも大興奮。も手につけるもの手につつけるもの、「お宝発っ見ー!」と無駄に叫びながらの作業となりました。

途中、せっかくなので古民家版天井アゲ軍団を体験したり、床下探検、天井裏探検をして今の戸建てとの違いを改めて体感したところでタイムオーバー。

お宝満載のトラックは名残惜しくも東へと戻るのでした。

廃材もお宝に

その後の古材の行方ですが、T-plasterのシェアガレージに格納され、次の出番を今か今かと待ちわびています。

古材マーケットで流通しているような、値の付くような材料はあまりありませんが、まだまだアイデア次第で生きながらえるものばかり。
ひとつひとつ表情の違う材を、どのように活用させていくかは眺めているだけでもワクワクします。
我慢のきかない水口くんは早速自分の事務所の棚に古材を活用。ひとつひとつ手に取りながら、どこにどう使おうかを楽しんだ軌跡がありました。

我々の行うリノベーションもまた、限られた予算の中で、既存部分や素材の潜在能力をどこまで引き出せるかが腕の見せ所であり、最大の楽しみでもあります。

どんな素材も材料も、使う人の知恵や技術次第で磨けば光り、お宝となるのです。

引き継がれる思い出

少しグレードの高い格子戸は、オーナー様がテーブルとして再利用したいとの事でその提案もさせていただきました。
同じにように見えて表情の違う建具を1枚1枚眺めながら、
「あれ?こんなところに誰の落書きが?」
などと思い出話に花が咲きます。


昔家族みんなで過ごした家の思い出が、今度は家具へと形を変えて引き継がれてゆきます。
当初製作予定は1セットだけでしたが、「何かしらの形に残したくなってきました」とお母様。現在もう1セットはどのような物をつくるか思案中です。

「古いものは味があっていい」という事だけではなく、使い繋いでゆく、そこに思いを込める、という残し方を大事にしたい、そう改めて感じさせられる旅となりました。